シャドウボクシングをするマイルス・デイヴィスのモノクロ映像。上半身裸で筋肉が引き締まっている。
1926年合衆国イリノイ州オールトンでマイルスは裕福な歯科医の家に生まれた。幼少期に同州イーストセントルイス(ミズーリ州セントルイスではない、東久留米みたいなものか)に転居し、はじめて人種差別の存在を意識する。教会のオルガン奏者だった母親はヴァイオリンを勧めたが、13歳の誕生日に父親にねだってトランペットを買ってもらった。中学校の吹奏楽部で頭角を現し、15歳でビリー・エクスタインのビッグバンドに参加。そこには、ディジー・ガレスピー(Tp)とチャーリー・パーカー(AS)が在籍していた。
1991年に65歳で亡くなったKing of Jazzの生涯を紹介するドキュメンタリー映画です。映画の副題になっている1950年のアルバム "Birth Of Cool" でクールジャズの端緒を開いたマイルスですが、その後 "Workin'"、"Steamin'"、"Relaxin'"、"Cookin'"の連作の抒情的ハードバップ期、1959年の "Kind Of Blue" ではモードジャズを発明(?)し、同年の "Sketch Of Spain" におけるロマ音階導入、1970年 "Bitches Brew" のエレクトリック・ファンクビート、遺作となった1991年の "Doo-Bop" はHIPHOP、そのディスコグラフィーはアメリカ音楽の歴史そのものでもあります。
ハービー・ハンコック(Pf)、ロン・カーター(B)、ウェイン・ショーター(TS)、マイク・スターン(Gt)、マーカス・ミラー(EB)、カルロス・サンタナ(Gt)ら撮影時点で存命の共演者たち(ショーターは2023年に死去)、音楽ジャーナリストや研究者がインタビューに答え、俳優カール・ランブリーがマイルスの自叙伝の抜粋を朗読する構成で、ランブリーのしわがれ声が生前のマイルスそのものです。1940年代のテレビ番組の司会者が "Musical noise called Jazz" と紹介するのも面白い。
「マイルスのトランペットの甘い音色がジャズを恋人たちのBGMに変えた」というのもなるほどで、ミュートしたノンビブラートで透明感のある美しいロングトーンは一聴して彼の音とわかります。
私生活についてあまり興味を持っていなかったのですが、16歳でハイスクールの同級生で最初の妻アイリーンを妊娠させ、1949年のパリ公演で女優ジュリエット・グレコと束の間のアバンチュール、名盤 "Someday My Prince Will Come"(1961)のジャケ写になった2人目の妻フランシスはトップダンサーだったがジャズクラブで偶然会ったクインシー・ジョーンズをハンサムだと言ったことでDVを受け離婚、R&Bシンガーのベティ・メイブリーの影響でサイケデリックファッションに傾倒し、薬物依存症からの脱却を助けたのは最後の妻シシリー。アイリーン以外はスクリーンに現在の姿で登場します。
マイルスのあの耳に残るハスキーボイスは30歳のときに咽頭の腫瘍を切除した後遺症だったことも今回初めて知りました。


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