2026年1月27日火曜日

万事快調〈オール・グリーンズ〉

新宿ピカデリー児山隆監督作品『万事快調〈オール・グリーンズ〉』を観ました。

「受験を投げ出したか私立に行く金がない奴が行く学校」茨木県立東海工業高校機械科2年A組の朴秀美(南沙良)は、教室後方のロッカーにもたれて床に座り文庫本を読んでいる。「美しく過度にコミュニケーション能力が高く足も速い」陸上部の矢口美流紅(出口夏希)は秀美の机に乗ってクラスメートたちに囲まれている。

「文化を足蹴にする奴はいつかバチが当たる」。夜は時給953円のボーリング場でアルバイトしている岩隈真子(吉田美月喜)は秀美同様カースト下位。何を読んでいるか真子に聞かれた秀美は、マーガレット・アトウッドの『侍女の物語』の表紙を見せる。

秀美のMCネームはニューロマンサー。モラハラ父に怯える母と引きこもりの弟と在日2世の祖母。自宅に居場所のない彼女は夜ごと駅前ロータリーで開かれる東海村サイファーに出かける。美流紅は授業の旋盤実習で右手小指を失う。美流紅の父親は東海原発の職員だったが数年前に自死し、母時子(安藤裕子)は精神を病んだ。

ひと気のない夜の交差点で3人はひき逃げ事件を目撃する。被害者は夫のDVに耐え兼ね自宅に放火した母親とその赤子。この救いのない村を出るためには金が要る。秀美が地元のトラックメーカーノスフェラトゥ金子大地)の金庫から盗んだ大麻の種を校舎の屋上のビニールハウスで育てて売るため、前年に不祥事で廃部になった園芸部を3人は再興する。

というような設定からはヘヴィでブルージィでダウナーな映画を連想すると思いますが、意外にも爽やかで痛快な青春活劇に仕上がっているのは、引き締まった脚本とテンポの良い編集とストーリーの中心となる女子高生役の3人の好演の賜物かと思います。

THA BLUE HERBジョン・カサヴェテス岡崎京子。3人のヒロインたちにはヒップホップと映画と漫画というそれぞれの得意分野があるが、敵と対峙する武器としてではなく、お互いを理解し関係性を深めるためのフックとして描かれているのも物語に深みと広がりを与えています。上級生のゲイカップルが全く麗しくないのもいい。

ナレーションも担当する秀美役の南沙良は主役と狂言回しを兼ね、美流紅の家庭環境を伝えるシーンでは、美流紅宅のキッチンで、そこにいないはずの秀美がスクリーンから観客に語りかける。「万事快調」のタイトル通りジャン=リュック・ゴダールへのオマージュか。映画の舞台は現代ですが、多数登場するサブカルアイコンは1990年代に我々世代が夢中になったもの。

原発をバックに荒涼とした砂浜でピクニックをし将来像を共有するシュールなカット。東海村東海村観光協会が地元ディス満載の本作に特別協力しているのは、自虐なのか、危機感なのかわかりませんが、器の大きさを感じます。

美流紅は秀美と真子をフルネームで呼び捨てする。仲のいい同級生にもフルネーム呼びされる女子陸上部のエースが僕の高校にもいたのを懐かしく思い出しました。

 

2026年1月16日金曜日

モディリアーニ!

小春日。TOHOシネマズ シャンテジョニー・デップ監督作品『モディリアーニ!』を観ました。

日の光の差す水底に胸像が沈んでいる。高級レストランル・ドーム・モンパルナスでは32歳のユダヤ系イタリア人アメデオ・モディリアーニリッカルド・スカマルチョ)が客の貴婦人たちの似顔絵を描いてチップを得ていた。

上級将校を揶揄したモディリアーニ(通称モディ)は、激高して剣を振りかざした将校に追われ、ル・ドームのステンドグラスを全身で割り、通りに逃げ出す際に、利き手の左の掌を切り、ワインバケットの氷に左手を突っ込んだまま逃走し、メトロに降りる階段で激しく喀血する。ジャーナリストである恋人のベアトリス(アントニア・デスプラ)のアパルトマンに助けを求めるが、締め切り前なのに何も書けない、と追い返される。

1916年、第一次世界大戦下のパリ。アートの中心はモンマルトルからモンパルナスに移った。明日に出征を控えたモーリス・ユトリロブリュノ・グエリ)はアルコール依存症、ロシアから亡命してきたシャイム・スーティンライアン・マクパーランド)はカフェでゴキブリを捕獲し牛乳瓶で飼っている。そしてモンパルナスの王子と呼ばれたモディリアーニ。プライドと自己否定、出自に対するコンプレックス、画商や批評家への依存と確執、死の不安とペスト医師の幻影。まだ名声を得る前の3人の画家の3日間を描いた青春群像劇です。

ウディ・アレン監督の『ミッドナイト・イン・パリ』の数年前。この時代のパリの海のものとも山のものともわからない熱量と石畳の背景は、現代から見ても充分魅力的ですが、スーティンの人としてのヤバさに全部持って行かれてしまった印象が残ります。

ジョニー・デップ監督はそこに1970~90年代のオルタナティブロックを当てているのですが、去年観たW.S.バロウズ原作ルカ・グァダニーノ監督の『クィア QUEER』同様、描かれている時代からみて未来の音楽が流れることで、脳内の時系列が混乱する。

同じくトム・ウエイツの名曲 "Tom Traubert's Blues (Four Sheets To The Wind In Copenhagen)" (1976) を使用し、無名の画家が時代の寵児となり転落するまでを描いたジュリアン・シュナーベル監督の『バスキア』(1996)とどうしても比較してしまいます。

 

2026年1月11日日曜日

ノラバー日曜生うたコンサート&デザートミュージック

鏡開きの夜。『ノラバー日曜生うたコンサート&デザートミュージックカワグチタケシ新春の朗読に出演しました。

去年最も回数多く出演させていただいたお店の新年最初のライブを、4年連続で務めさせていただき大変光栄です。ご来場のお客様、デザートミュージックの配信を視聴してくださいました全世界のお茶の間の皆様、ノラバー店主ノラオンナさん、新人バイトのセキセイインコ梨ちゃん3号、あらためましてありがとうございました。

松の内を過ぎれば世間の正月気分もだいぶ薄まりますが、何かはじまりを予感させるような空気を受け取ってもらえたら幸いでございます。本編は下記17篇を朗読しました。

8.
15. 白木蓮
 
敬愛する詩人・作詞家の故岸田衿子さんの「十二か月の窓」から一月の詩で始まり、前日1月10日が10回目の命日だった故デヴィッド・ボウイの歌詞のカワグチタケシ訳で終わるセットリストで、ソネット「声」6篇を連続して読むという以前からやりたかったことを実現しました。同じタイトルで別の詩を書くのは、北村太郎の「センチメンタル・ジャーニー」や吉本隆明の「恋唄」など戦後詩世代に倣ったものでもあり、詩作品のタイトルを識別の役割から解放する試みでもあり。「朝」「月の子供」「観覧車」「白木蓮」も合わせて10篇のソネットを聴いていただきました。

このところ出演者としても観客としても昼間のノラバーが続いたので、ひさしぶりのノラバー御膳は落ち着くおいしさでした。定番のポテトサラダ、大根油あげ巻、たまごやき甘いの。メインは煮込みハンバーグ。小松菜のごまあえ、やきなす、さつまいもごはん、とうふのみそ汁。新メニューの切干しキムチはありそうでなかった新食感です。そしてノラバープリンとバニラアイスノラブレンドコーヒーをいただき、30分のインスタライブ配信、デザートミュージックへ。

4. 日々(新作)

本編以上に、梨ちゃん3号と対話できたように感じます。ノラバーの真赤なカウンターに並んだお客様は、気持ちの良い方ばかりで、終演後も夜更けまで、楽しいおしゃべりが尽きませんでした。

昨年は10年ぶりの新詩集『過去の歌姫たちの亡霊』を出版しましたが、今年もう1冊新詩集を出したいと考えており、初披露した「日々」はその最後のピースになる作品と考えています。ともあれ還暦を過ぎて健康で、ライブ出演のオファーをいただけることが当たり前ではなく、感謝の気持ちを持って過ごしていきたい所存です。皆様にとっても良い一年となりますよう祈念しております。

 

2026年1月10日土曜日

イエス / イエスソングス 〜ライヴ・イン・ロンドン1972〜

TOHOシネマズ シャンテピーター・ニール監督作品『イエス / イエスソングス 〜ライヴ・イン・ロンドン1972〜』を観ました。

オープニングSEにロジャー・ディーンのアニメーションが重なり、5人のメンバーが登場する。ジョン・アンダーソン(Vo)28歳、スティーヴ・ハウ (Gt ,Vo)25歳、クリス・スクワイア(Ba ,Vo)24歳、リック・ウェイクマン(Key)23歳、アラン・ホワイト(Dr)23歳。ロンドン・レインボー・シアターのライブ映像です。

1972年のイエスは、プログレッシブロックの到達点と後に評される名盤『危機』(原題:Close To The Edge)を世界的にヒットさせ、デビュー後3年でキャリアの頂点に立った。その5枚目のアルバムのドラマービル・ブルーフォードキング・クリムゾンに加入するため脱退、ジョン・レノンの『イマジン』などで叩いていたアラン・ホワイトに変わった全米ツアー後の凱旋公演です。

トレードマークのフルアコGibson ES-175をメインにGibson SGダブルネックCoral Electric SitarMartin&Co.ペダルスティールマンドリンなど曲中にも楽器を持ち替え弾きまくるスティーブ・ハウの奮闘ぶりが目立つ。

逆に、さらさら金髪ロン毛、総スパンコールマントのリック・ウェイクマンはソロ曲以外はサイドマンに徹した引きの芸。ピアノソロにジングルベルのラグタイムアレンジを挿入して、12月公演ならではのサービス精神を発揮する。

レストアされていないので、画質も音質も現代の耳目からはヴィンテージ感が免れ得ませんが、最盛期のYESの音作りを支えたエディ・オフォードがMIXしているため、ブライトでクリアな流石の仕上がりです。但し、長身の故クリス・スクワイアのリッケンバッカー4001はレコードほどバキバキではない。

ジョン・アンダーソンの歌声の透明感とハウ、スクワイアとの三声のハーモニーは天上の響き。当時のイエスの音楽は、非常に複雑で美しいものでしたが、この20代の若いメンバーたちが創造し、演奏していたことに驚かされます。

圧巻は1曲18分におよぶ「危機」。同タイトルのLP3枚組ライブアルバム "Yessongs" には13曲が収録されており、本作は別テイクで8曲。オープニングSEとエンドロールの "Starship Trooper" を除くと正味6曲なので、あっという間に終わってしまいました。日本語字幕はMCのみで歌詞には付いていません。

 

2026年1月3日土曜日

世界一不運なお針子の人生最悪な1日

お正月に映画館に行くという日本古来の風習にのっとり、ヒューマントラストシネマ有楽町フレディ・マクドナルド監督作品『世界一不運なお針子の人生最悪な1日』を観ました。

枯れ葉に赤い糸巻きと縫い針。地面を舐めるカメラに若い女性の死体が映る。次のカットは室内、そして火事現場。3つの死体は同じ女性のように見える。

主人公バーバラ(イブ・コノリー)は自室で目を覚まし、天井に張り巡らされた刺繡糸から垂れ下がった一本を引く。その糸は亡くなった母親の制作したトーキングポートレート(肖像刺繍)につながり、布の裏面に仕込んだ記憶媒体から幼いバーバラを起こす母の声が聞こえる。

スイス連邦チューリヒ近郊の山村で母が営んでいた刺繍店を継いだが、開店休業状態。母の顧客グレース(キャロライン・グッドオール)の3度目の結婚式の当日朝、ウエディングドレスのボタンを手を滑らせて床に落とし「汚れたボタンを使うつもり?」と責められたバーバラは、予備のボタンを取りに戻る途中、山道でバイク2台の事故現場に遭遇する。傍らには、血を流して倒れている2人の男、破れた袋から白い粉、手錠に繋がれたアタシェケースが散乱している。「完全犯罪」「通報」「直進」3つの選択肢がバーバラの頭をよぎる。

宣伝文句は「クライムサスペンス」ですが、ブラックコメディだと思います。主人公バーバラの3つの選択によってそれぞれ異なる物語が順番に展開し、そのいずれにおいても主人公は刺繍糸と縫い針と糸巻きを使い、瞬時の判断でピタゴラ装置のような滑車の仕掛けを作って窮地を脱するのですが、結局3回とも悲劇を招きます。強欲は不幸を招く。そして4つめの選択は。いろいろと辻褄の合わないところも含め、グリム童話の現代版と思えば、とても楽しめる映画です。

最小限の登場人物、最小限の台詞、ナレーションは4回の場面展開時の主人公のモノローグのみ。亡母の回想シーンもなければ、主人公が刺繍をするシーンもなく、プロットに一切の無駄がない。乾いたタッチの暴力描写。無口な主人公がランチタイムのレストランで突然躍り狂うのは最高。役者が真剣に芝居するほど笑いを誘います。脇役では警察官兼判事兼公証人エンゲル(K・カラン)と運び屋ジョシュ(カルム・ワーシー)の父親(ジョン・リンチ)のヤバさが際立つ。バーバラのFIATでかかる古いラブソングもよかったです。

2000年生まれ弱冠25歳のマクドナルド監督の商業長編映画第一作。若さに似合わず、引き算が徹底しており素晴らしい。次回作が楽しみです。