2023年4月9日日曜日

トリとロキタ

復活祭。ヒューマントラストシネマ有楽町にてジャン=ピエール・ダルデンヌ&リュック・ダルデンヌ監督作品『トリとロキタ』を観ました。

舞台は現代。ベルギー第五の都市、ベルギーワッフルとダルデンヌ兄弟の故郷リエージュ。カメルーンから地中海を渡ってきた少女ロキタ(ジョエリー・ムブンドゥ)は就労ビザを取得するために入国管理官の審査を受けている。弟トリ(パブロ・シルズ)のことを訊かれたロキタの視線は泳ぎ、言葉に詰まり泣き出してしまう。

ベナン共和国ウエメ川の支流の村の生まれで、不吉な子どもが入る施設から脱走したトリは、難民船で出会ったロキタと血縁関係はないが、同志愛を超えた強い姉弟愛で結びついている。就労ビザを得られず合法的な職に就くことができないロキタは料理人ベティム(アルバン・ウカイ)に雇われ、麻薬の取り引きに関わっている。

俳優の松本穂香さんが女子SPA!の連載コラム『銀幕ロンリーガール』で、感動作、傑作と呼ぶのが憚れる、というような書いていましたが、僕も同感です。最小限の説明で抑制の効いた脚本演出、ドキュメンタリータッチの冷徹なカメラワーク、人種的社会的マイノリティの現実を多面的な視点で問題提起する本作は映画としての完成度も最上級ですが、それ故に鑑賞者を傍観者に留めない強度があります。

トリの機転で大麻栽培施設から逃げ出したロキタは山道でヒッチハイクしようとする。高級車が停車するが、あまりに切迫したロキタの表情に怯えウィンドウを上げて走り去ってしまう。その白人中年女性ドライバーに自分が重なる。僕は常々善人でありたい、困っている人を助けたいと願っていますが、身なりのいい困っている人には手を差し伸べたとしても、顔中あざだらけで片足をひきずって汗だくの見るからにヤバそうな相手だったら、自分と同乗者の身の安全を優先してしまうと思います。それを偽善と言い切れるのか。観る人によってポイントは異なると思いますが、そのような現実を自分事として直視させられる。

イタリアンレストランでチップを稼ぐためにトリと歌う、亡命中にシチリア島のパメラに教わった「東方の市場で2ソルディで父さんがねずみを買った/猫がやって来てねずみを食べた/犬が来て猫を嚙んだ/父さんが犬を棒で叩いた」という童謡は、人権意識の高い現代西欧社会においても弱肉強食ピラミッドが存在し、底辺の者は負のスパイラルから抜け出せないことの象徴か。

工場で隔離労働させられることになり、SIMカードを抜かれたロキタがまずそうな冷凍弁当をレンジで温めて食べる食卓に置くスマートフォンの待ち受け画面のトリの笑顔が切ないです。

トリの賢さと優しさ、画面の物理的な明るさが、本作の救いと言えましょう。良い映画を観ました。
 

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