2024年2月4日日曜日

コット、はじまりの夏

立春。ヒューマントラストシネマ有楽町コルム・バレード監督作品『コット、はじまりの夏』を観ました。

舞台は1981年のアイルランド。主人公コット(キャサリン・クリンチ)は9歳。畜産業を営む両親と3人の姉と1人の弟との暮らしは貧しい。

酒好きでギャンブル依存の父(マイケル・パトリック)、家事と子育てで疲れ切った母(ケイト・ニク・チョナナイ)。内向的過ぎて学校にも馴染めないコットは、母の出産のため、夏休みの間、車で3時間の子どものいない酪農家の親戚夫婦アイリン(キャリー・クロウリー)とショーン(アンドリュー・ベネット)の家に預けられる。

「家に秘密があるのは恥ずかしいことよ。この家には秘密はないわ」。幼いコットに安全な環境を提供する優しいアイリンとは逆に、不器用なショーンは牛舎から黙って抜け出したコットを心配し強く叱責してしまう。萎縮するコットが座るキッチンテーブルに黙ってクリームビスケットを置く。そっとポケットにしまうコット。お互い言葉を交わさずとも優しさ溢れるこのシーンからコットとショーンの関係性が転換します。

コットに与えられた部屋には機関車の壁紙。アイリンとショーンには幼くして亡くなった息子がいた。アイリンからそのことを知らされていなかったことでまた黙り込むコットを夜の海辺に連れ出したショーンの「沈黙はいい。多くの人が沈黙の機会を逃したことで、多くのものを失った」という台詞がいい。ゲール語の原題は "AN CAILÍN CIÚIN"(英訳は "THE QUIET GIRL")です。

田園風景、井戸の張り詰めた水面、徒長した干し草、牛舎に差す陽光、北国の短い夏の自然描写が美しい。初めて郵便受けに手紙を取りに行くために木漏れ日の並木道を全力疾走する少女のスローモーションが伏線となりラストシーンの深い余韻につながる。ゲール語の柔らかな響き。繰り返される日常でも一度しかない夏。監督も主演も本作が長編デビューですが、第72回ベルリン国際映画祭の国際ジェネレーション部門グランプリ受賞も納得の名画でした。


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