2024年1月3日水曜日

ポトフ 美食家と料理人


1884年、フランス。明け方に郊外の邸宅の庭で野菜を収穫するウージェニー(ジュリエット・ビノシュ)。邸宅の主ドダン(ブノワ・マジメル)が目覚め、厨房にやって来る。女中のヴィオレット(ガラテア・ベルージ)と3人でオムレツとサラダを料理し、ヴィオレットの姪ポーリーヌ(ボニー・シャニョー=ラボワール)も加わって同じテーブルで朝食を摂る。

ドダンは有閑階級のガストロノミー(美食家)、ウージェニーは住み込みの料理人。4人は美食家仲間のための昼食の準備に取り掛かる。

昼食が供されるまでの約30分。最小限の台詞とステディカムの長回しでずっと料理の過程を追う圧巻のオープニングです。エンドロールを除いて劇伴音楽はなく、厨房で炭火のはぜる音、野菜を洗う水音、包丁の音、沸騰する鍋、油のはねる音、食器の当たる音、料理人たちの息づかい、窓の外の鳥のさえずりが音楽以上に音楽的に使用されています。

貴族の美食家と労働者階級の料理人という雇用関係にありながら、20年以上のパートナーシップを継続し、恋人でもあるが、ウージェニーはドダンの求婚を何度も断っている。二人は対等であり、第三共和政下においても女性の参政権がまだなかった19世紀末を現代的に翻案している面があるとは思いますが、互いに対する信頼と恋愛以上の絆で結びついている二人の関係性は心地良い。

トラン・アン・ユン監督はデビュー作の『青いパパイヤの香り』でも調理と食事のシーンを美しく描写していましたが、ベトナムからフランスに舞台を移した本作でも同様かそれ以上に描いています。本作の衣装担当で妻であり俳優のトラン・ヌー・イエン・ケーに捧げているのは、美食家と料理人を映画監督と俳優に重ね合わせている面もあるからでしょう。

初めて味わうブルギニョンソースの材料を次々に当てる絶対味覚の持ち主ポーリーヌ役が映画デビューとなる12歳のボニー・シャニョー=ラボワールのまっすぐに透き通った眼差しが美しい。今後フランス映画界のアイコン的存在になるのではないかと思います。

 

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