2017年、渋谷。東急Bunkamuraオーチャードホールの駐車場から映画は始まる。ステージには栗田博文指揮、東京フィルハーモニー交響楽団。 "Ces Petits Riens" の前奏が始まり、ネイビーブレザーにコンバースのジェーン・バーキンが上手から登場する。幼い娘たちを連れたシャルロット・ゲンズブールが舞台袖から見守る。
「今までと違う視点でママを見てみたいと思った。カメラはママを見る口実だったの」。戦後フランス音楽界最大のカリスマにして問題児、故セルジュ・ゲンズブールの元妻ジェーン・バーキンをその娘シャルロット・ゲンズブールが撮るドキュメンタリーフィルム。セルジュの妻と娘というより、映画俳優として、世代のアイコンとして立つふたりの対話篇と言ってもいいと思います。
撮影は日本旅館の窓辺(下校時間の「七つの子」が聞こえる)、パリ郊外の水辺の自宅、ニューヨーク公演が行われたブロードウェイ、パリ市内のゲンズブール旧居で行われています。印象深かったのは、1991年にセルジュが亡くなって以降もそのまま保存されているパリのアパルトマンを母娘が探索し、鏡台に並べられた香水の瓶を手に取り香りを嗅ぐジェーン。そして白い壁に投影された亡き長女ケイト・バリーを回想し、早世に対する後悔を語るシーン。
「人はみんな話を作りたがる。私の話は本当に真実だろうか」。2023年7月16日に76歳で生涯を終えたジェーンにとっての遺作が、愛娘シャルロットの初監督作品である本作です。2021年のカンヌ映画祭で公開されているので、ジェーンも観ることができたと思います。シャルロットも母の死期を予感して、長年のわだかまりからの解放を母に贈りたかったのではないでしょうか。
似たトーンのウィスパーボイスで話す70代のジェーンも50代のシャルロットも少女性と老いをポジティブに表現している。母娘とも率直過ぎるほど率直な語り口で好感が持てます。カメラワークや編集はいかにもドキュメンタリー然としておらず、フランス映画らしい映像美が堪能できます。
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