2022年6月10日金曜日

犬王

夏日。TOHOシネマズ日本橋湯浅正明監督作品『犬王』を観ました。

14世紀終盤の南北朝時代。室町幕府三代将軍足利義満(柄本佑)は北朝の正統性を裏付けるために、源平の合戦で安徳天皇とともに海に沈んだ三種の神器のひとつ、草薙剣が欲しかった。

その依頼を受けた壇ノ浦の漁師一族イオの頭(松重豊)と息子の友魚(森山未來)は素潜りで財宝を見つける。船に上がり剣を抜くと、イオの身体は上下半身まっぷたつに分断され、友魚は視力を失ってしまう。

現在の能楽は、当時はまだ申楽と呼ばれていた。京の都で観世一門と人気を分ける比叡座の三男(アヴちゃん)は異形の子。瓢箪の面をつけられ、家族からも犬同様に扱われていたが、琵琶法師の谷一(後藤幸浩)に弟子入りし、覚一座に入門して友一と名を変えた友魚と六条大橋の上で出会い、自らを犬王と名乗ることを決めた。

平家の亡霊から物語を受け取り、ビートの利いたオリジナル曲とスペクタクルなダンスの演出で庶民の人気を得る犬王と友一。鴨川の河原の野外劇場は京都を代表するエンターテインメントとなる。

古川日出夫原作小説、同じサイエンスSARU制作ということで、テレビアニメ版『平家物語』のスピンオフとも位置付けられる。『平家物語』は山田尚子監督、キャラクター原案高野文子、『犬王』は湯浅監督と松本大洋。音楽は牛尾憲輔から大友良英に置き換わりました。

水のアニメーション表現には定評のある湯浅監督だけあって、壇ノ浦の合戦のグラフィカルな描写、友魚が潜る海水の質感、水墨画のような大雨の筆致、異なるテイストで魅せます。アヴちゃんの歌唱も素晴らしい。友魚との最後のパフォーマンスとなった寝殿造りのワイヤーアクションは長大な薄布が空にたなびき、『プリシラ』の砂漠を爆走するバスの屋根でリップシンクするテレンス・スタンプを思い起こさせます。

足利義満は天下統一のため、覚一検校の正本以外の平家物語を禁じ、背くものに刑罰を与えた。友魚の命を守るために独自の演目を捨てることを将軍に誓う犬王。だがその祈りが届くことはなかった。

二人のマイノリティアーティストの出会い、そして栄光と転落。体制に都合の良い正史の陰には、庶民の愛した数多くの傍系がある。しかし、エンタメは政治の前では無力である。客観的な視点ながらも、敗者の側に寄り添う野木亜紀子の脚本が優しいです。

友魚はライフステージの変化により、友一、友有と二度名前を変える。亡父の言葉でもあり、自身の科白としても「名前がわからないと見つけにくい」と言う。名付けとは魂を与える行為であると同時に呪いにもなる。また人格を識別する記号としての名前の重要性にも気づきました。

 

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