2019年3月9日土曜日

ヨーゼフ・ボイスは挑発する

春一番。アップリンク渋谷アンドレス・ファイエル監督作品『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』を観ました。

ヨーゼフ・ボイス(1921-1986)は西独のアーティスト。戦後現代美術界のスターのひとりです。意外に遅咲きで、フルクサスに参加し名を知られるようになったのは1962年、40代に入ってから。それから1986年に64歳で亡くなるまで、当時のフィルム、ビデオ映像、スチル写真と親交のあった作家たちの現在のインタビューによって構成されたドキュメンタリー映画です。

僕がボイスの作品に生で触れたのは1990年代初頭。軽井沢のセゾン現代美術館でした。1997~98年に故・黒沢美香氏のカンパニーの若手ダンサーたちが主催したパフォーマンスイベント『森のポリフォニー』に参加したときに、会場になったカスヤの森現代美術館にも作品が展示されていました。

作品のフォーマットとしてはレディメイドに近いのですが、もっと人肌や土の匂いを感じさせるようなところがあります。厚手のフェルトや獣脂を使うのは、第二次世界大戦中ドイツ帝国空軍で戦闘機パイロットをしていたときにソ連軍機に撃墜され、不時着した草原で土着のタタール人が介抱してくれた際、体温保持のため身体に獣脂を塗られフェルトの毛布で包まれた体験から来ていると自ら語っています。

フェルトの中折れ帽、フィッシングベスト、白シャツ、リーバイスというテンプレで自己をキャラクター化、虚像化しました。フィルムには妻と2人の子が写りますが、生活者として、夫として、父親としての姿を見つけることができません。家族に科白がないせいかもしれないです。

事実として知っていたことでも、その時代の空気を直接的に伝える映像を観ると印象が変わります。テレビの討論番組で声を荒げて自説を主張し続けても最終的には笑いに落とす。直接民主制を標榜し、緑の党の創設に尽力するが国政選挙前に老害として切られる。

「挑発(米国の大学のディベートでは "sensation")は必要だ。挑発することによって対話が始まる。私の社会彫刻は対話の道具なのだ」。トリックスターだとか、なにかとコントラバーシャルな面が強調されて伝わっていますが、実のところは誰よりもコミュニケーションを重んじ、人間の善意を信じていた。ボイスの人間性が伝わる映画でした。


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