2026年10月12日月曜日

憎しみ 4K

秋晴れ。ヒューマントラストシネマ有楽町でマチュー・カソビッツ監督作品『憎しみ 4K』を観ました。

「撃てよ、俺たちの武器は石だ」。1990年代のパリ郊外。勾留中のアラブ系少年アブデルが警察官の暴行により署内で死亡したことがきっかけとなり、海外ルーツを持つ低所得層が多く暮らす公営住宅バンリューで暴動が起こった。

その翌日。通りに出たサイード(サイード・タグマウイ)は「機動隊くそったれ」とタギングし、幼馴染一家が暮らす団地の中庭で大声でヴィンツ(ヴァンサン・カッセル)を呼び、他棟の老世帯に文句を言われる。ヴィンツの母親の作った朝食を食べたサイードはヴィンツと共にユベール(ユベール・クンデ)に会いに行く。前日の暴動で破壊し尽くされたジムでユベールは黙々とサンドバッグを叩いていた。

1995年に公開された『憎しみ』は、1960年代の『勝手にしやがれ』、1970年代の『バルスーズ』、1980年代の『汚れた血』などと並ぶ仏映画のクラシックと言っていいと思います。ただそこにはゴダールのペーソスもカラックスのロマンティシズムもない。貧困と差別と閉塞感を徹底したリアリズムで描いています。

「路上で学んだのは右の頬を差し出せば殴られるってことだ」。タギング、ダンス、ボクシングという各々の特技がある、ムスリムのサイード、ユダヤ人のヴィンツ、アフリカ系のユベール。異なるルーツのマイノリティの3人の若者の24時間の物語。単独主人公とは異なり、バディものや群像劇においては、上映時間の途中で主人公たちのうち誰かが死ぬ可能性を孕み、画面を常に緊張感が覆ってます。

Bob Marley & The Wailers の "Burnin' and Lootin'" をバックに暴動の報道スチルをスピーディにカットアップしたタイトルバックから、突然の幕引きまで、よく動くカメラで捉えられたモノクロ映像は躍動感がありながら全画角がスタイリッシュ。編集にも無駄がなく物語をきびきびと前に進めます。カソヴィッツ監督は移動の過程を描かない。ひとつの出来事が終わると瞬時に次のシーンが始まる。

裏路地で絡んできたレイシストのスキンヘッズを3人が廃屋でぼこぼこにするシーンがありますが、差別される側もする側も貧困の渦中にある。1995年前後はルペン党首率いる極右政党RN(国民連合)が台頭した時期です。その後、欧州各国が右傾化し、台詞や劇中に登場するヤマハ、ホンダ、カワサキ、ケンウッドなどの日本経済を象徴する製品も廃れた30年後の現在の東京郊外でも起きている同様の事態を鑑みると、本作が告発した問題提起は今もなお有効であると同時に、より広域に悪化している世界に対する無力感を禁じえない。

また、主要な登場人物は男ばかり。男たちの貧困と差別のはけ口として、画面に映らないところでDVに苦しむ女性たちや更に苛烈な差別を受ける性的少数者の存在も想定すべきだと思います。

ユベールが何度か口にする「問題は落下ではなく、着地だ」というキーフレーズが、着地であればまだましであり、落下物が固い地表に激突せんとしているのが現在なのかもしれません。

 

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