2026年8月21日金曜日

星の時 4K

夕立ち。新宿武蔵野館スザーナ・アマラウ監督作品『星の時 4K』を観ました。

ラジオの時報。キジトラ猫が木製の床を歩く姿にタイピング音が重なる。デスクには一輪のハイビスカス。「私はタイピスト。処女でコーラが好き」。19歳のマカベーア(マルセーリャ・カターショ)は、唯一の身寄りだった叔母を亡くし、ブラジル北東部の貧しい村からサンパウロ(原作小説ではリオデジャネイロ)に出て、部品メーカーの倉庫で職を得た。

タイピングは遅く、ミスが多い。そのうえ用紙はホットドッグの油染みで汚れ、せめて手を洗わせろ、と指導役のハイムンド(ウンベルト・マニャーニ)を上司のペレイラ(デノイ・デ・オリベイラ)は叱責する。

明け方目を覚まし、ベッドの下から洗面器を出して小用を足し、拭かずにまた眠る。ラジオの時報。顔もスタイルも人並み以下、服装も髪型も変でなんか匂う、と言われながらも、女子寮の4人のルームメイトはマカベーアを優しく受け入れる。

休日にひとりで動物園に行くために地下鉄に乗ろうとしたマカベーアに駅員が近寄って来るが、停止線をはみ出て危険なことを注意するためだった。ホットドッグをバースタンドで食べているときにカウンターの先で熱い視線を送っているように感じた紳士は白杖を持った視覚障碍者。洟をブラウスの襟で拭くマカベーア。

公演のベンチで証明写真を撮影していた青年(ジョゼ・デュモン)に声を掛けられ、同じ北東部出身のふたりは休日に出歩くようになる。何度目かのデートで尋ねるとオリンピコ・デ・ジェズス・モレイラ・シャヴェスと名乗った。

ブラジルの小説家クラリッセ・リスペクトル(1920-1977)はウクライナ生まれのユダヤ人です。彼女が逝去直前に刊行した『星の時』を1985年に映画化したスザーナ・アマラウはこのとき53歳。9人の子育てを終えてからNYで映画製作を学び、本作が初監督作品とのこと。

不思議な感触を持つ映画です。コメディとトラジディの狭間を往還するオフビートなトーンは、アキ・カウリスマキ監督やオタール・イオセリアーニ監督に近いかもしません。エモーションに踏み込む手前でとどまる感覚や主要登場人物のぎこちない動きは濱口竜介監督にも通じる。

天涯孤独で特性的にグレーゾーン、故に低賃金、何か質問されても上手く答えられず、すぐに謝ってしまうマカベーアは、スペックや境遇は過酷で不幸なのに悲壮感はなく、かと言ってポジティブなのとも違う。美男美女はスクリーンに現れないが、周囲の女性たちがみな優しい。店子が出かけるときは「バイアコンディオス(神のご加護を)」と声掛けする大家。直属上司のハイムンド氏も仕事が出来ないマカベーアを庇って優しい。会社の先輩で本作のお色気担当グロリア(タマラ・タシュマン)は、占いの結果マカベーアを裏切る行動を取ってしまうが、それでも優しい。

随所に流れる特徴的なラジオZTW465は、実在の24時間時報専門局Rádio Relógioをモデルにしています。1分毎の時報の合間に、蝿は昆虫で最も体重が軽く28日で地球一周できる速さで飛ぶ、みたいなトリビアが挟まり、本作に客観的でドライな空気感を付与しています。

プロレタリアート文学の系譜にありながら、同時に夢幻的で、掴みどころがない。それがこの映画の魅力になっていると感じました。

 

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