舞台は現代の南米コロンビア第二の都市メデジン。深夜自室で眠っていたジェシカ(ティルダ・スウィントン)は爆発音により目を覚ます。真っ暗な部屋は静寂に包まれている。明け方、駐車場に停められた自動車が次々に警報音を鳴らしウィンカーを点滅させる。
時々突然驚かされる爆発音は自分の脳内だけで鳴っていることに気づいたジェシカは、音響エンジニアのエルナン(フアン・パブロ・ウレゴ)の勤務するスタジオを訪ね、音を再現してもらう。首都ボゴタで入院している姉妹を見舞った際に、掘削中のトンネルで発見された6000年前の人骨を調査する考古学者のアグネス(ジャンヌ・バリバール)と出会う。そしてジャングルで魚を捕って暮すもうひとりのエルナン(エルキン・ディアス)から受け取るメッセージ。
タイ出身のアピチャッポン監督が2021年カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞した作品です。極端な長回しで、冒頭の自室で目覚めるシーンは一言の台詞もなく5分以上のワンカット。ジェシカは花や植物にまつわる仕事をしているようだが、研究者なのか生花店経営者なのか明かされない。だだでさえ少ない台詞の会話はことごとく噛み合わず、全体に夢っぽい感じを受けます。
これが冗長で退屈なのかというとまったくそんなことはなく、画面には終始適度な緊張感が投影されています。そして音響が格別に素晴らしい。劇伴はほぼ存在しないのですが、雨の音、川のせせらぎ、風が木々の葉を擦る音、都市の喧噪、レストランのさざめき、そういったひとつひとつの自然音、生活音にたっぷり時間をかけて向き合う時間は豊かなものです。
そもそも私たちの現実の生活では、話している時間より黙っている時間のほうがはるかに長い。そしてそのあいだも生活音は絶え間なく鳴り続けている。そういう意味でのリアリズム。カフェで打ち合わせた詩人が即興のスペイン語で詠む菌類の詩、夜の公園で主人公ジェシカがアグネスに聞かせる眠れない夜の詩。ラテン世界では詩が日常に近いのだな、と思いました。
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