2022年2月13日日曜日

ちょっと思い出しただけ

暖冬の一日。テアトル新宿にて松居大悟監督作品『ちょっと思い出しただけ』を鑑賞しました。

2020年7月26日、劇場の照明スタッフ照生(池松壮亮)は自室のソファで、スマートフォンのアラームで目を覚まし、観葉植物に霧吹き、猫に餌をあげて、ラジオのスイッチを入れ、ベランダで肩と腕をストレッチし、マスクをして仕事に出かける。

タクシードライバーの葉(伊藤沙莉)は今日もJPN TAXIで都内を流している。この日最後の客はコロナでライブが中止になったミュージシャン(尾崎世界観)。トイレを借りるために停めた座・高円寺の公演が捌けた舞台で照生が踊っている。

次の朝が来ると2019年7月26日。照生はマスクをつけておらず、葉はクラウンに乗っている。7月26日は照生の誕生日。2020年からふたりが出会った2015年まで、時を遡るかたちで6年間の同じ7月26日を描く逆ボーイミーツガールストーリーです。

男女が出会い、恋に落ち、関係を深め、すれ違い、別れ、それぞれの人生を歩む。ふたりを取り囲む人たちは基本的に善良で、ふたりの関係に深い傷を与えることはない。映画が進むにつれ猫は子猫になる(かわいい)。大きな事件は起きませんが、ひねりのある構成が観客に投げかける問いがあります。

日常における感情の機微をリアルにナチュラルに演じる主人公ふたりのお芝居が素晴らしいです。演出も丁寧過ぎず、ほどよく客観的、俯瞰的。クスっと笑えるシーンも多く。あらかじめ苦い結末が知らされているが故に過去がより輝く。

エンドロールに流れるクリープハイプのスポークンワーズ曲「ナイトオンザプラネット」の歌詞が映画の筋のままだな、と思ったのですが逆で、楽曲にインスパイアされた物語なんですね。更に元ネタになっている1991年のジム・ジャームッシュ作品の台詞の引用もあり、ブラウン管には若き日のウィノナ・ライダージーナ・ローランズ永瀬正敏のサイドストーリーもオマージュといっていいと思います。

「どこか行きたいけど、どこに行ったらいいかわからないじゃないですか。お客さんに決めてもらっていろんなところに行けるのがいいんですよね」という葉の台詞に喪失感と小さな希望を同時に感じました。

 

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