舞台は19世紀初頭のドイツ。子どもも大人も浮足立つクリスマスの街並み。クララ・シュタールバウム(吉田このみ)はドロッセルマイヤー(宮尾俊太郎)からくるみ割り人形をプレゼントされ大いに気に入るが、兄フリッツ(関野海斗)が人形を壊してしまう。客人たちが帰った深夜、クララはクリスマスツリーの下に置かれたくるみ割り人形を見に行く。柱時計が鳴るとクララの身体は小さく縮み、真夜中の大広間で人形の王国とねずみの王国の抗争が勃発する。
チャイコフスキーの三大バレエのひとつ、くるみ割り人形は荒唐無稽な夢オチの物語。登場人物は全員無言で、急に踊り出したりジャンプしたり回転したりする。アジア人が演出するアジア人に最適化したバレエ(褒めています)は、まさしく虚構オブ虚構だが、アンリアルをふたつ掛け合わせるとリアルになる。雪の王国のシーンの紙吹雪の容赦ない降らせ方は、NHL紅白歌合戦における北島三郎の影響が明らか。雪の王(石橋奨也)の口にも入ります。
くるみ割り人形/王子(栗山廉)とクララの分身マリー姫/金平糖の精(小林美奈)のパ・ド・ドゥのシンクロ度が熊川哲也演出の真骨頂か。他のソリストでは、雪の女王を演じた毛利実沙子さんの重心の低い安定したターン、クリスマスらしい賑やかな長調曲群の中で数少ない短調のアラビア人形を踊った成田紗弥さんの華のあるしっとり感と煙を使った演出が素敵でした。
レコードで聴くのとは違いバレエの舞台では、ソロやデュオダンスの見せ場のあとに演奏を止めて拍手待ちをする。井田勝大指揮のシアターオーケストラトーキョーは、第一幕は拍手待ちが短く喰い気味に次曲に入る演奏でしたが、第二幕はたっぷり余韻を取ります。
本公演は2020年12月、コロナ禍の開催、オーケストラの弦楽器奏者はマスクを着用しています。その中でおそらくソーシャルディスタンスに基づき席の間隔を開けて観客を入れて公演を行った。演者側の覚悟と気概、観客の舞台に対する希求がいい方向に作用して、緊張感ある名演になりました。
くるみ割り人形は、松山バレエ団とレニングラード国立バレエ(現ミハイロフスキー劇場バレエ)の公演をホールで鑑賞したほか、マリインスキー劇場ほか、映像もいくつか観ています。映画館のスクリーンで観るのは初めてですが、ダンサーたちの表情がよく見えるのとマルチカメラでいろいろな客席からの角度が同時に楽しめる。軽々とジャンプしているように見えて、トウシューズが舞台に着地する足音が聞こえるのもリアルです。欲を言えば、群舞をドローンで真上から俯瞰するなど、映像作品ならではの表現があってもよかったかもしれません。


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