2026年3月14日土曜日

ひなぎく 4Kレストア版

晴天。シアター・イメージフォーラムヴェラ・ヒティロバ監督作品『ひなぎく 4Kレストア版』を観ました。

雨に濡れて回転する歯車と爆撃機の爆弾投下にミュートされたトランペットが重なるタイトルバックが終わると、主人公二人がチェックのビキニ姿で木材の壁にもたれて座り「どれも無駄、みんな無駄、全部駄目」「朽ちていく世の中で、私たちも悪くなる」と言うと、場面は草原に変わる。

金髪ショートボブにひなぎくの花冠をかぶったマリエ1(イヴァナ・カルバノヴァー)と黒髪ツインテールのマリエ2(イトカ・ツェルホヴァー)。パパ活相手の高齢男性にはヤルミラ、マルジェラなどと呼ばせている。

1966年にチェコスロバキア社会主義共和国で製作された本作は、1991年の日本公開以降お洒落ガーリィムービーとしてサブカル勢に支持されてきました。残念ながら僕は未見でしたが、今回60周年にあたり4Kレストア版が公開されたので、張り切って初日に鑑賞しました。

手足を動かすと木の関節の軋む音がする水着の二人が、草原に生えた一本のりんごの樹からもぎとった果実を食べるとアパートメントの一室という現実世界に転生するのは、旧約聖書のモチーフを男女ではなく、女女で再現している。日本公開当時、1990年代のライオットガール(米)、ガールパワー(英)ムーブメントに重ねてフェミニズムの文脈において語られました。もちろんその色彩も濃いのですが、オープニングの無音の爆撃がエンディングに爆発音を伴い再生される、また随所に社会主義体制下における抑圧の象徴と体制を挑発するような語気を感じます。

例えば「怖いのは私たちが誰からも見えていないこと」と言う主人公たちの台詞から、二人は生きていない(どんなに暴れても現実社会に影響がない)のでは、いないことにされているマイノリティの存在を代弁しているのかも、など多面的な解釈ができるのも名作たる所以でしょう。

チェコ・ヌーヴェルバーグの女性監督ヴェラ・ヒティロバは本作で発禁処分を受けると7年間の活動停止を強いられた。『地下鉄のザジ』(1960)に近いテイストですが、表現手法が雑多で前衛的。モノクロと単色カラーとフルカラー、3Dを眼鏡をかけずに観るような色彩のずれ、カットアップ、コラージュ、カラフルな悪夢のように脈絡を無視したストーリー展開、青りんごや飽食の寓意。アヴァンギャルドではあるのですが、映像にドライヴ感があるので飽きずに観られます。

当時、社会主義国チェコスロバキアでは、映画は国家予算で製作され、国の所有物だったため権利関係が複雑で、というお話がアフタートークでありました。権利関係はもちろんですが、政府の意向に沿う作品しか作れないというのはとても息苦しいだろうな、と思いました。

 

2026年3月13日金曜日

パリに咲くエトワール

曇天。109シネマズ川崎谷口悟朗監督作品『パリに咲くエトワール』を観ました。

1907年(明治40年)、横濱西洋劇場で佛國領事主催の『ジゼル』。客席から乗り出して夢中でバレリーナたちをスケッチするフジコ當真あみ)の姿があった。終演後、客席に忘れた手提げを取りに戻ったフジコは、道着姿でバレエを踊る千鶴嵐莉菜)に目を奪われる。


1912年、大戦の足音が忍び寄るパリにフジコは渡った。9区のパサージュ・ジュフロワで日本画のギャラリーを構える叔父若林尾上松也)を手伝いながら、画家になるために勉強している。街中で暴漢に襲われた際になぎなたでフジコを助けてくれた千鶴と再会する。武家の出でなぎなた道場の跡取り娘である千鶴は、道場をパリに進出させた両親について来ていたが、バレリーナになる夢を捨てられずにいた。

「自分のやりたいことをやるのが人生じゃないの?」。フジコのアパルトマンの階下にロシアからの移民で元バレリーナの母オルガ門脇麦)と暮らすピアニストのルスラン早乙女太一)に背中を押され、ガルニエ宮のオペラ座を目指して千鶴の奮闘が始まる。

クライマックスは戦時下1916年12月のオペラ座公演『ジゼル』。家父長制が絶対の時代に、夢を追ってパリに渡ったふたりの日本人少女の挑戦を、第一次世界大戦を背景にしたオリジナルストーリーで描こうという気概は評価したいですが、物語はバランスとまとまりを欠いていると思います。主人公フジコが途中から絵を描かなくなり、千鶴のサポート役に回ってしまう。マティスミュシャモンドリアンなど、当時気鋭の現代美術作家たちの才能に圧倒されて、と涙ながらに訴えるが、エンドロールの絵画作品の列挙だけでは薄く感じました。

画商の叔父のジブリ風味のカーアクションはちょっとやり過ぎですが、キャラクター造形はとてもよく、「パリのリストランテでは」などと言わせ胡散臭さをさりげなく示唆しています(リストランテはイタリア語)。

當真あみさん嵐莉菜さんの『ちはやふる -めぐり-』コンビは、9歳分の成長を一所懸命表現していて、とてもがんばったと思います。なぎなたの殺陣は小気味よく、パリ国立高等音楽院出身の服部隆之が手掛けるアコーディオンと管弦楽の劇伴、ベルエポック期のパリの街並みと絢爛豪華なオペラ座の外観内装をはじめとした背景美術が素晴らしかったです。

 

2026年3月8日日曜日

花緑青が明ける日に

ミモザの日。ユナイテッドシネマ豊洲四宮義俊監督作品『花緑青が明ける日に』を鑑賞しました。

色鉛筆で描かれた海と空。足元の波紋と濡れた足音、油蝉の声。美大生になった式森カオル(古川琴音)が真夏の山に穿たれた坑道を抜けるとそこは海中で一頭の鯨が泰然と泳いでいる。

4年前、制服のカオルは下校しても自宅ではなく帯向煙火店の住居兼工場に帰る。赤錆びたベランダには制服を膝までまくったチッチこと帯刀千太郎(入野自由)。弟の敬太郎(萩原利久)が部屋を飛び出して屋根を下る。階下の工場では父親榮太郎(岡部たかし)が市職員と隣近所の住民から立ち退きを説得されている。婿養子の榮太郎は花火師だったが、数年前に妻を亡くし、花火工場もその後廃業していた。市職員に殴りかかる敬太郎とそれを止める榮太郎。カオルの両親も立ち退きを勧めに来ていた。

4年後、東京の美大に進学し、プロジェクションマッピングの新進アーティスト兼インフルエンサーとなったカオルは、二浦市役所に就職したチッチに連れられて網代に帰る。翌日の8月31日に帯刀煙火店は行政代執行により更地にされる。煙火店の前の入り江は埋め立てられメガソーラーが設置されていた。水軍の末裔である失踪した父榮太郎が残した幻の花火シュハリは、猛毒の花緑青を使う500年前に水軍が用いた狼煙。その花火を上げるために敬太郎は4年間を準備に費やしていた。

「花火なんてたとえ世界で一発も上らなくても誰も困らないんだよ」「どんなことにだって終わりは来るよ。問題は終わらせ方だよ」。再開発により失われる伝統工芸という紋切型のテーマと思いきや、映画中盤で示される煙火店廃業の経緯はもっと残酷なものでした。単純な二項対立とならず、物語に広がりを与えているのは兄チッチの存在。開発を推進する公務員でありながら、弟の心情も理解し、且つ板挟みで葛藤することなく、両者の立場を内面化する。

日本画を主たる表現手段とし『君の名は』や『この世界の片隅に』にも関わった四宮監督の作画はあらゆるシーンが美しく、一瞬たりともスクリーンから目が離せません。アメリカデイゴ、ノウゼンカズラ、アザミの花。蝉の死骸、蟹、カマキリ。蜩の声。極端に強調された遠近法と前景の遮蔽物に切り取られた表情は歌川広重の『名所江戸百景』を思わせる。世界のアニメの潮流が3Dに完全移行した現在も、セルタッチの平坦な色彩にこだわる日本のアニメーション表現そのものが浮世絵的ではあります。敬太郎が作った段ボールのジオラマが実写+クレイアニメになるのも面白かった。

劇場アニメ初挑戦の古川琴音さんは、本職の声優さんのように随所に抑揚をつけるような演技をしませんが、それがカオルの性格によく合っていると感じました。蓮沼執太さん劇伴もよかった。imaseさんの編曲もしていて、聞こえてきたヴィオラは手島絵里子さんかな、と想像しながらエンドロールを聴きました。

 

2026年2月26日木曜日

パンダのすごい世界

TOHOシネマズ シャンテ梁碧波(リャン・ビボ)監督作品『パンダのすごい世界』を観ました。

中華人民共和国貴州省双河洞。フル装備の発掘隊が縦穴を降りていく。10万年前から800年前に岩盤の隙間に落ちて命を落としたジャイアントパンダの化石が鍾乳洞の底に眠っているという。

雪に覆われた四川省臥龍中華大熊猫苑神樹坪基地。双子を出産したルイルイだが、ジャイアントパンダは1頭しか育てない。双子のうち弟は施設内で同時期に出産したシェンシェンの元に里子に出された。母ルイルイと双子の兄は首にバイオトラッカーを装着し、飼育員の牟さんに見守られながら野生復帰を目指している。

2025年に中国で製作されたジャイアントパンダのドキュメンタリーフィルムは、上映館が多いわけでないですが、パンダロスに沈む上野でも公開されているのは東宝の粋な計らいか。中国語の原題は「熊猫奇遇记」(英題は "The Adventure of the Panda")なので、邦題に間違いはないのですが、宣伝文の「パンダのユニークな生態を記録した貴重映像」に対して、どちらかといえばパンダと飼育員の関係性を中心に描いている映画だと思います。

成都大熊貓繁育研究基地の公開エリアに暮らす世界的人気の令嬢パンダ花花(ファーファー)の典雅な所作や、赤ちゃんパンダたちの愛くるしさに身悶えする一方、国内外で長く活躍して帰郷し都江堰基地で老後を穏やかに暮らす23~32歳(人間に換算すると80~100歳台)の老パンダたち、特に食道に腫瘍が見つかり治療中の23歳のリンヤンに尺を割いているのは好感が持てる。

1980年代に1000頭以下に減った個体数は1900頭まで増えたが、未だ絶滅危惧種です。これだけ世界中で愛されており、草食で性格も温和なので、犬や猫のように人間の愛玩動物となって共生する道もあったと思うのですが、採れたての笹竹しか食べないという矜持がそうさせなかった。荘厳なオーケストラの劇伴はちょっと重たく感じました。

 

2026年2月23日月曜日

ナワリヌイ This is Navalny

早稲田奉仕園スコットホールギャラリーへ。写真展『ナワリヌイ This is Navalny』に行きました。

アレクセイ・ナワリヌイはロシアのアクティヴィスト。2024年に47歳で獄中死している。2011年のロシア国政選挙を告発する集会から2021年に拘束、投獄されるまでの11年間を1991年生まれのロシア人フォトジャーナリストのエフゲニー・フェルドマン氏が密着取材した。

ナワリヌイ氏の活動についてはこちらのリンクをご参照いただくとして、写真の感想としては、劇的な陰影、安定した画角、細部まで曇りのない解像度により、ヒーロー映画のスチールのように感じました。良いことなのか悪いことなのかわかりませんが、家族と過ごしていたり、演説会の舞台裏でぽつんとカップ麺を食べていたり、人間臭い日常のひとこまを切り取った写真ですら過剰なまでにドラマチックに映ります。

明治41年建造の美しい煉瓦造りのギャラリーの随所に置かれた黄色のラバーダック(お風呂に浮かべるアヒルのおもちゃ)は反汚職のシンボル。自由で公正な社会の実現を目指した体制告発により支持を集め、賛同者はもちろん、対立勢力の支持者とも対話する真摯な姿勢が見て取れる一方、本展の撮影時期以前にあたる政治活動初期においては、民族主義、排外主義的な発言が記録されている。それを信用ならざる変節者と見るか、悔悛した聖人と見るか、その狭間で鑑賞者も揺れる。

ロシア人、ウクライナ人、日本人が本展のスタッフとして関わる。発起人がウクライナのクリミア半島出身者であることは、反プーチンの共通項からか。会場で話したウクライナ人女性ボランティアスタッフは「ウクライナ侵攻後ウクライナ人はロシア人と相容れない感情があるが、私は国籍ではなく、その人の行動で判断したい」という主旨の意見を聞かせてくれました。

実質的な独裁国家といえるロシア。現時点の日本では言論の自由は担保されていると考えられますが、サイバースペースで庶民同士が思想的分断を煽り合うプレイが、コンテクストを喪失して現実世界に滲出しはじめている。インディヴィジュアリストとして、たとえ少数派であっても、少数派であるからこそ、警鐘を鳴らし続けることを忘れずにいたいです。

 

2026年2月22日日曜日

ノラバー日曜お昼の生うたコンサート&デザートミュージック

猫の日。西武柳沢へ。『ノラバー日曜お昼の生うたコンサート&デザートミュージックmandimimiさんの回に行きました。

袖口にレースをあしらった白いカットソーには砂糖細工の白猫がプリントされ、小さなリボンがいくつも縫い付けられている。髪を飾る白いリボンは猫の耳。2月22日にこれ以上ないスタイリングです。

1曲目は親友のメロディさんが草原で巨大な猫と輪になって踊る夢を歌詞にした "Pocketz Waltz"。そして "2022 Year Of Years"、"Eight Times Around The World"。2024年秋のギャラリーエキシビジョンで "FLOWER SPELLS" の連作を完成させて、現在取り組んでいる "Dear Dream Diaries" 夢日記をモチーフにした楽曲群で前半は構成されていました。ちなみに夢はいつもフルカラーで見ているそう。

細い指先で奏でられる柔らかくて優しいタッチのピアノ、すこしだけくぐもったアルトの歌声は心地良い湿り気を帯び、冬から春に向かう季節の空気に調和しています。英語の歌詞の前に日本語訳の朗読を添えたことも、時間をスローダウンさせる効果に。台湾系アメリカ人のMandyさんの書く歌詞は、英語を中心に日本語と中国語のミックスです。普段の会話では流暢で完璧な日本語を話すのですが、朗読の声は一語ずつ確かめながら発声しているように聴こえて惹き込まれる。セリーヌ・ディオンのカバーも全然歌い上げないのが逆にmandimimiさんらしさを際立たせています。

ノラバーの昼公演のお楽しみといえば、ノラバー店主ノラオンナさん秘伝のノラバーさわやかポークカレーです。『リアリティ・バイツ』『ブレックファスト・クラブ』『プリティ・イン・ピンク』など、アメリカの青春映画の話題とともにおいしくいただいたあとは、ノラバープリンノラブレンドコーヒーを味わいつつ、30分間の配信ライブ「デザートミュージック」へ。

ポーラ・コールラナ・デル・レイ、映像作品で使用された2曲のカバーと "FLOWER SPELLS" から "Yours &  Mine"と最新曲 "Always Tomorrow" のオリジナル2曲。すこし伸びた日脚に、猫の日は暮れていきました。

 

2026年2月13日金曜日

銀河特急 ミルキー☆サブウェイ 各駅停車劇場行き

金曜夜。TOHOシネマズ日比谷亀山陽平監督作品『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ 各駅停車劇場行き』を観ました。

銀京府警察庁ネオ町田警察署で警察官リョーコ(小松未可子)から刑期短縮プログラムの説明を受ける6人の受刑者。カート(内山昂輝)とマックス(山谷祥生)は砂糖の不法所持、族の総長アカネ(金元寿子)と舎弟カナタ(小市眞琴)はスピード違反、チハル(寺澤百花)とマキナ(永瀬アンナ)はスピード違反・公務執行妨害・警察車両爆破の罪状である。

6名に課せられた社会奉仕活動は、宙武鉄道新如月駅に停車している惑星間走行列車のヴィンテージ車両ミルキー☆サブウェイの清掃だったが、ミルキー☆サブウェイは誤発進し、6人を乗せたまま宇宙に飛び出す。暴走は車掌型人工知能O.T.A.M.ちゃん(藤原由林)が社会不適合者に殺し合いをさせるために仕組んだ罠だった。

2025年7~9月期にTOKYO MXTVで木曜22時に12話放送され、YouTubeで同時公開された3DCGショートアニメ作品の劇場版です。放送時の1話が3分31秒、そのうちテーマ曲であるキャンディーズの「銀河系まで飛んで行け!」(1977)が約20秒流れるスタッフロールを除くと3分の放送を毎週録画視聴していました。劇場版は全46分の上映時間。リョーコの後輩警察官アサミ(小野賢章)と上司ハガ(ロバート・ウォーターマン)が新たに加わりました。

9人と1体の登場人物のうち、リョーコだけが人間で、アカネカナタチハルアサミハガが強化人間(宇宙環境に耐えられるよう遺伝子組換えした人類、話中に説明はない)、カートマックスマキナはサイボーグ、O.T.A.M.ちゃんがロボット(Outer Space Animatronics Manager)です。

退役軍人のカートとマックス、ヤンキーのアカネとカナタ、ギャルのチハルとマキナ。3組のバディの各々異なる関係性に魅力があるのと、敵対していたマキナとアカネが推しアイドルで意気投合したり、誰にも感謝されることなく犯罪に手を染めたカートとマックスが殺戮ロボHAIJO-KUNから助けたチハルに感謝されてどぎまぎするなど、別バディとの絡みで生じる感情の変化が心温まります。劇場版新キャラのアサミとハガもリョーコのアツい一面を引き出している。

斬新過ぎるキャラクタービジュアル、レトロフューチャーなガジェット、リズミカルで小気味よいアクション、早口なキャラクターの声が重なり生まれるグルーヴ感。若きクリエイターのイマジネーションが爆発した才気溢れるメジャーデビュー作に喝采を贈りたいと思います。

 

2026年2月12日木曜日

Chimin TRIO

木曜夜。吉祥寺Stringへ。Chiminさんのライブを聴きに行きました。

1曲目「sakanagumo」のイントロのアルペジオがリヴァーヴのかかったスチール弦のアコースティックギターで奏でられる。その清新な響きに乗せてChiminさんが歌い始めると、地下のジャズバーに澄んだ風が吹き抜ける。

2023年11月の活動再開後はピアニストと歌うことが多かったChiminさんですが、4ヶ月ぶりのライブはギタリストの馬谷勇さんEasy MachineKoUSaGui)との初共演。サックス、フルートの井上 "JUJU" ヒロシさんとは旧知の仲とのことです。

2曲目はサマーソングの「シンキロウ」。アルトサックスに持ち替えたJUJUさんが対旋律を即興的に付ける。乾き切った冬の空気のせいか、アルトの音色がソリッドに聴こえます。元々はスーパースローな「」は若干テンポアップして、Chiminさんの歌声の大きな魅力のひとつだと僕が感じている弱音のロングトーンが隅々まで冴え渡る。2012年の名盤『住処』収録曲のレコーディング時のエピソードも興味深く。

セカンドセットの「茶の味」はあえてシンコペーションを排し、バレンタインデーの前々日というMCに続く「チョコレート」も幾分レガート寄りな新解釈。最終曲「住処」はイントロの3/4拍子からヴァースの6/8拍子、コーラスで3/4拍子に戻る。転調後のウィスパーファルセットの午睡の夢のような儚さ。

近年共演しているピアニストの加藤エレナさんが推進力、岡野勇仁さんが包容力だとすると、馬谷勇さんの正確で綺麗なギターには空間を拡張するような力があり、「上手に歌おうとするのをやめた」と言うChiminさんの歌声に時折僅かに聴こえる揺らぎの美しさを引き出しているように感じます。

アンコールの「悲しくてやりきれない」まで全13曲、充実したライブが終わって地上に出ると、吉祥寺の裏路地の空に冬の星座が見えました。

 

2026年2月10日火曜日

クリーム フェアウェル・コンサート1968

TOHOシネマズ シャンテトニー・パーマー監督作品『クリーム フェアウェル・コンサート1968』を観ました。

「みんなサンシャインを聴きたい?」というエリック・クラプトンの呼びかけに熱狂で応えるオーディエンス。Gibson ES-335のフロントピックアップの角の取れたディストーションで特徴的なイントロを弾き始め、ジャック・ブルースGibson SGベースで応えると満員の観客の熱気は最高潮に。

1968年11月26日火曜日、ロンドンのロイヤルアルバートホールで開催されたクリームの解散コンサートの記録映画です。元グレアム・ボンド・オーガナイゼーションジンジャー・ベイカー(Dr)が元ヤードバーズ、元ジョン・メイオール&ブルースブレイカーズのエリック・クラプトン(Gt)にバンド結成を持ちかけた際、クラプトンはジャック・ブルース(Vo/Ba)の加入を条件にした。

1966年7月にデビューしたクリームは、伝統的なブルースを electrifyし、inprovisationを演奏の中心に置き、僅か2年の活動期間、3タイトルのLP『フレッシュ・クリーム』(原題:Fresh Cream)、『カラフル・クリーム』(原題:Disraeli Gears)、『クリームの素晴らしき世界』(原題:Wheels of Fire)で大衆音楽だったRock'n'Rollをアートに押し上げた。クリームがいなければ、レッド・ツェッペリンガンズ&ローゼズメタリカも今日我々が聴いているような音楽にはなっていなかったと思います。

83分で9曲、1曲平均9分13秒。5曲がオリジナル曲、4曲がトラディショナルブルースのカバーですが、ライブに限ったことではなく、レコードでもそれぐらいの比率です。曲間に挿入されるメンバーのインタビューも面白い。ジャック・ブルースはクラシック音楽のチェリストを目指していた。バッハのベースラインに影響を受け、14歳で弦楽四重奏曲を作曲したが教師に酷評されてクラシックが嫌になった。エリック・クラプトンはギターのトーンコントロールとワウペダルの使い方(ウーマントーンという呼称を数十年ぶりに聞きました)、ジンジャー・ベイカーはツーバスの奏法やシンバルの使い分けなど、テクニカルな話をしています。それに続く"Toad"(邦題:嫌な奴)の10分超のドラムソロ(ライブ)。

このときクラプトンは23歳。1974年の『461 Ocean Boulevard』や大ヒットした1992年の『Unplugged』など枯れた味わいのシンガーとは真逆の粗削りなハードロック・ギタリストがそこにいます。リード・ヴォーカルは「クロスロード」以外はジャック・ブルース、MCはクラプトンです。

カメラは各メンバーの顔アップがほとんどで、3人が同時に画角に収まることがなく、また演奏する手元が見たい方には物足りないかもしれません。俳優パトリック・アランのナレーションは1968年の時代を写し、当時ロックが如何に大人たちに疎まれていたかがわかりますが、マーク・ボイルのサイケデリック映像と共にちょっと邪魔だな、と感じてしまいました。

 

2026年2月6日金曜日

終点のあの子

テアトル新宿吉田浩太監督『終点のあの子』を観ました。

「江ノ島って行ったことある? 私さ、学校さぼってよく行ってる。片瀬江ノ島行の急行ってあるじゃん? いつもの各駅停車じゃなくて」。コンデジ撮影の粗い動画にノイズ混じりの音声。

4月8日、高校の入学式の朝。立花希代子(當真あみ)は、小田急線に乗り換えるため、同じく内部進学した同級生森奈津子(平澤宏々路)たちと下北沢駅の再開発エリアを「いつまで経っても工事中だね」と話しながら歩いていると、鮮やかな青色のワンピースを着た見知らぬ女子が「完成しないからいいんじゃない、サグラダファミリアみたいで」と唐突に話しかけてくる。教室に着くとさっきのワンピースの女子が入ってくる。帰国子女の外部生奥沢朱里(中島セナ)だった。

数日後の昼休み、希代子が購買部で買ったメロンパンを持って学食の席を探していると、制服の朱里が有名ブーランジェリーの紙袋に入ったメロンパンと交換してほしい、一緒に食べようと言う。二人は誰もいない校舎の屋上に出てお互いのメロンパンを交換して食べる。

5月の連休に同級生たちと河原でピクニックし、希代子と朱里は距離を縮める。希代子にとって朱里ははじめて触れる魅惑的なカウンターカルチャーだった。ところが希代子は、夏休みに招かれた神泉のマンションの部屋で朱里の日記に書かれた自身と同級生たちと担任の名村先生(野村麻純)への揶揄を目にして固まり、黙って日記を持ち帰ってしまう。そして同じく日記内でディスられていたクラスの一軍エース恭子(南琴奈)を利用して、朱里をハブる。

夏目漱石、村上龍、池澤夏樹などの例に漏れず、柚木麻子の小説デビュー作も自らの思春期の青く苦い経験をモチーフにしています。近年映像化されたうちでは『私にふさわしいホテル』のコメディ路線ではなく、この気まずさは、大学生が主人公の『早乙女カナコの場合は』(原作:早稲女、女、男)、アラサーのサイコパスを水川あさみが怪演したテレ東ドラマ『ナイルパーチの女子会』に通じます。

流れていく日常の中で、突出した感情を書き残しておくことは否定されるべきではない。朱里は希代子のことが好きで全否定する意図などないのに、希代子は朱里をフルシカトした。個々の同級生との関係性は100:0ではない。同一人物に対する好嫌にも幅があり、揺れる思春期において感情の振幅は特別に大きい。そのことを体感して理解することが僕の中学高校時代だったんだなと、この映画を観て認識させられました。

日々の通学路線である小田急線の終点に非日常の象徴たる江ノ島が存在する。ストイックな映像と音楽。海水でずくずくに濡れたローファーのカットは、画面に映らない帰宅時の侘しさを強烈に想起させる。果たして3年後に和解は叶ったのか。ラストシーンの真夜中の美大の教室におけるダンスは希代子と朱里の集合的無意識の映像化だと思いたいです。

 

2026年1月27日火曜日

万事快調〈オール・グリーンズ〉

新宿ピカデリー児山隆監督作品『万事快調〈オール・グリーンズ〉』を観ました。

「受験を投げ出したか私立に行く金がない奴が行く学校」茨木県立東海工業高校機械科2年A組の朴秀美(南沙良)は、教室後方のロッカーにもたれて床に座り文庫本を読んでいる。「美しく過度にコミュニケーション能力が高く足も速い」陸上部の矢口美流紅(出口夏希)は秀美の机に乗ってクラスメートたちに囲まれている。

「文化を足蹴にする奴はいつかバチが当たる」。夜は時給953円のボーリング場でアルバイトしている岩隈真子(吉田美月喜)は秀美同様カースト下位。何を読んでいるか真子に聞かれた秀美は、マーガレット・アトウッドの『侍女の物語』の表紙を見せる。

秀美のMCネームはニューロマンサー。モラハラ父に怯える母と引きこもりの弟と在日2世の祖母。自宅に居場所のない彼女は夜ごと駅前ロータリーで開かれる東海村サイファーに出かける。美流紅は授業の旋盤実習で右手小指を失う。美流紅の父親は東海原発の職員だったが数年前に自死し、母時子(安藤裕子)は精神を病んだ。

ひと気のない夜の交差点で3人はひき逃げ事件を目撃する。被害者は夫のDVに耐え兼ね自宅に放火した母親とその赤子。この救いのない村を出るためには金が要る。秀美が地元のトラックメーカーノスフェラトゥ金子大地)の金庫から盗んだ大麻の種を校舎の屋上のビニールハウスで育てて売るため、前年に不祥事で廃部になった園芸部を3人は再興する。

というような設定からはヘヴィでブルージィでダウナーな映画を連想すると思いますが、意外にも爽やかで痛快な青春活劇に仕上がっているのは、引き締まった脚本とテンポの良い編集とストーリーの中心となる女子高生役の3人の好演の賜物かと思います。

THA BLUE HERBジョン・カサヴェテス岡崎京子。3人のヒロインたちにはヒップホップと映画と漫画というそれぞれの得意分野があるが、敵と対峙する武器としてではなく、お互いを理解し関係性を深めるためのフックとして描かれているのも物語に深みと広がりを与えています。上級生のゲイカップルが全く麗しくないのもいい。

ナレーションも担当する秀美役の南沙良は主役と狂言回しを兼ね、美流紅の家庭環境を伝えるシーンでは、美流紅宅のキッチンで、そこにいないはずの秀美がスクリーンから観客に語りかける。「万事快調」のタイトル通りジャン=リュック・ゴダールへのオマージュか。映画の舞台は現代ですが、多数登場するサブカルアイコンは1990年代に我々世代が夢中になったもの。

原発をバックに荒涼とした砂浜でピクニックをし将来像を共有するシュールなカット。東海村東海村観光協会が地元ディス満載の本作に特別協力しているのは、自虐なのか、危機感なのかわかりませんが、器の大きさを感じます。

美流紅は秀美と真子をフルネームで呼び捨てする。仲のいい同級生にもフルネーム呼びされる女子陸上部のエースが僕の高校にもいたのを懐かしく思い出しました。

 

2026年1月16日金曜日

モディリアーニ!

小春日。TOHOシネマズ シャンテジョニー・デップ監督作品『モディリアーニ!』を観ました。

日の光の差す水底に胸像が沈んでいる。高級レストランル・ドーム・モンパルナスでは32歳のユダヤ系イタリア人アメデオ・モディリアーニリッカルド・スカマルチョ)が客の貴婦人たちの似顔絵を描いてチップを得ていた。

上級将校を揶揄したモディリアーニ(通称モディ)は、激高して剣を振りかざした将校に追われ、ル・ドームのステンドグラスを全身で割り、通りに逃げ出す際に、利き手の左の掌を切り、ワインバケットの氷に左手を突っ込んだまま逃走し、メトロに降りる階段で激しく喀血する。ジャーナリストである恋人のベアトリス(アントニア・デスプラ)のアパルトマンに助けを求めるが、締め切り前なのに何も書けない、と追い返される。

1916年、第一次世界大戦下のパリ。アートの中心はモンマルトルからモンパルナスに移った。明日に出征を控えたモーリス・ユトリロブリュノ・グエリ)はアルコール依存症、ロシアから亡命してきたシャイム・スーティンライアン・マクパーランド)はカフェでゴキブリを捕獲し牛乳瓶で飼っている。そしてモンパルナスの王子と呼ばれたモディリアーニ。プライドと自己否定、出自に対するコンプレックス、画商や批評家への依存と確執、死の不安とペスト医師の幻影。まだ名声を得る前の3人の画家の3日間を描いた青春群像劇です。

ウディ・アレン監督の『ミッドナイト・イン・パリ』の数年前。この時代のパリの海のものとも山のものともわからない熱量と石畳の背景は、現代から見ても充分魅力的ですが、スーティンの人としてのヤバさに全部持って行かれてしまった印象が残ります。

ジョニー・デップ監督はそこに1970~90年代のオルタナティブロックを当てているのですが、去年観たW.S.バロウズ原作ルカ・グァダニーノ監督の『クィア QUEER』同様、描かれている時代からみて未来の音楽が流れることで、脳内の時系列が混乱する。

同じくトム・ウエイツの名曲 "Tom Traubert's Blues (Four Sheets To The Wind In Copenhagen)" (1976) を使用し、無名の画家が時代の寵児となり転落するまでを描いたジュリアン・シュナーベル監督の『バスキア』(1996)とどうしても比較してしまいます。

 

2026年1月11日日曜日

ノラバー日曜生うたコンサート&デザートミュージック

鏡開きの夜。『ノラバー日曜生うたコンサート&デザートミュージックカワグチタケシ新春の朗読に出演しました。

去年最も回数多く出演させていただいたお店の新年最初のライブを、4年連続で務めさせていただき大変光栄です。ご来場のお客様、デザートミュージックの配信を視聴してくださいました全世界のお茶の間の皆様、ノラバー店主ノラオンナさん、新人バイトのセキセイインコ梨ちゃん3号、あらためましてありがとうございました。

松の内を過ぎれば世間の正月気分もだいぶ薄まりますが、何かはじまりを予感させるような空気を受け取ってもらえたら幸いでございます。本編は下記17篇を朗読しました。

8.
15. 白木蓮
 
敬愛する詩人・作詞家の故岸田衿子さんの「十二か月の窓」から一月の詩で始まり、前日1月10日が10回目の命日だった故デヴィッド・ボウイの歌詞のカワグチタケシ訳で終わるセットリストで、ソネット「声」6篇を連続して読むという以前からやりたかったことを実現しました。同じタイトルで別の詩を書くのは、北村太郎の「センチメンタル・ジャーニー」や吉本隆明の「恋唄」など戦後詩世代に倣ったものでもあり、詩作品のタイトルを識別の役割から解放する試みでもあり。「朝」「月の子供」「観覧車」「白木蓮」も合わせて10篇のソネットを聴いていただきました。

このところ出演者としても観客としても昼間のノラバーが続いたので、ひさしぶりのノラバー御膳は落ち着くおいしさでした。定番のポテトサラダ、大根油あげ巻、たまごやき甘いの。メインは煮込みハンバーグ。小松菜のごまあえ、やきなす、さつまいもごはん、とうふのみそ汁。新メニューの切干しキムチはありそうでなかった新食感です。そしてノラバープリンとバニラアイスノラブレンドコーヒーをいただき、30分のインスタライブ配信、デザートミュージックへ。

4. 日々(新作)

本編以上に、梨ちゃん3号と対話できたように感じます。ノラバーの真赤なカウンターに並んだお客様は、気持ちの良い方ばかりで、終演後も夜更けまで、楽しいおしゃべりが尽きませんでした。

昨年は10年ぶりの新詩集『過去の歌姫たちの亡霊』を出版しましたが、今年もう1冊新詩集を出したいと考えており、初披露した「日々」はその最後のピースになる作品と考えています。ともあれ還暦を過ぎて健康で、ライブ出演のオファーをいただけることが当たり前ではなく、感謝の気持ちを持って過ごしていきたい所存です。皆様にとっても良い一年となりますよう祈念しております。

 

2026年1月10日土曜日

イエス / イエスソングス 〜ライヴ・イン・ロンドン1972〜

TOHOシネマズ シャンテピーター・ニール監督作品『イエス / イエスソングス 〜ライヴ・イン・ロンドン1972〜』を観ました。

オープニングSEにロジャー・ディーンのアニメーションが重なり、5人のメンバーが登場する。ジョン・アンダーソン(Vo)28歳、スティーヴ・ハウ (Gt ,Vo)25歳、クリス・スクワイア(Ba ,Vo)24歳、リック・ウェイクマン(Key)23歳、アラン・ホワイト(Dr)23歳。ロンドン・レインボー・シアターのライブ映像です。

1972年のイエスは、プログレッシブロックの到達点と後に評される名盤『危機』(原題:Close To The Edge)を世界的にヒットさせ、デビュー後3年でキャリアの頂点に立った。その5枚目のアルバムのドラマービル・ブルーフォードキング・クリムゾンに加入するため脱退、ジョン・レノンの『イマジン』などで叩いていたアラン・ホワイトに変わった全米ツアー後の凱旋公演です。

トレードマークのフルアコGibson ES-175をメインにGibson SGダブルネックCoral Electric SitarMartin&Co.ペダルスティールマンドリンなど曲中にも楽器を持ち替え弾きまくるスティーブ・ハウの奮闘ぶりが目立つ。

逆に、さらさら金髪ロン毛、総スパンコールマントのリック・ウェイクマンはソロ曲以外はサイドマンに徹した引きの芸。ピアノソロにジングルベルのラグタイムアレンジを挿入して、12月公演ならではのサービス精神を発揮する。

レストアされていないので、画質も音質も現代の耳目からはヴィンテージ感が免れ得ませんが、最盛期のYESの音作りを支えたエディ・オフォードがMIXしているため、ブライトでクリアな流石の仕上がりです。但し、長身の故クリス・スクワイアのリッケンバッカー4001はレコードほどバキバキではない。

ジョン・アンダーソンの歌声の透明感とハウ、スクワイアとの三声のハーモニーは天上の響き。当時のイエスの音楽は、非常に複雑で美しいものでしたが、この20代の若いメンバーたちが創造し、演奏していたことに驚かされます。

圧巻は1曲18分におよぶ「危機」。同タイトルのLP3枚組ライブアルバム "Yessongs" には13曲が収録されており、本作は別テイクで8曲。オープニングSEとエンドロールの "Starship Trooper" を除くと正味6曲なので、あっという間に終わってしまいました。日本語字幕はMCのみで歌詞には付いていません。

 

2026年1月3日土曜日

世界一不運なお針子の人生最悪な1日

お正月に映画館に行くという日本古来の風習にのっとり、ヒューマントラストシネマ有楽町フレディ・マクドナルド監督作品『世界一不運なお針子の人生最悪な1日』を観ました。

枯れ葉に赤い糸巻きと縫い針。地面を舐めるカメラに若い女性の死体が映る。次のカットは室内、そして火事現場。3つの死体は同じ女性のように見える。

主人公バーバラ(イブ・コノリー)は自室で目を覚まし、天井に張り巡らされた刺繡糸から垂れ下がった一本を引く。その糸は亡くなった母親の制作したトーキングポートレート(肖像刺繍)につながり、布の裏面に仕込んだ記憶媒体から幼いバーバラを起こす母の声が聞こえる。

スイス連邦チューリヒ近郊の山村で母が営んでいた刺繍店を継いだが、開店休業状態。母の顧客グレース(キャロライン・グッドオール)の3度目の結婚式の当日朝、ウエディングドレスのボタンを手を滑らせて床に落とし「汚れたボタンを使うつもり?」と責められたバーバラは、予備のボタンを取りに戻る途中、山道でバイク2台の事故現場に遭遇する。傍らには、血を流して倒れている2人の男、破れた袋から白い粉、手錠に繋がれたアタシェケースが散乱している。「完全犯罪」「通報」「直進」3つの選択肢がバーバラの頭をよぎる。

宣伝文句は「クライムサスペンス」ですが、ブラックコメディだと思います。主人公バーバラの3つの選択によってそれぞれ異なる物語が順番に展開し、そのいずれにおいても主人公は刺繍糸と縫い針と糸巻きを使い、瞬時の判断でピタゴラ装置のような滑車の仕掛けを作って窮地を脱するのですが、結局3回とも悲劇を招きます。強欲は不幸を招く。そして4つめの選択は。いろいろと辻褄の合わないところも含め、グリム童話の現代版と思えば、とても楽しめる映画です。

最小限の登場人物、最小限の台詞、ナレーションは4回の場面展開時の主人公のモノローグのみ。亡母の回想シーンもなければ、主人公が刺繍をするシーンもなく、プロットに一切の無駄がない。乾いたタッチの暴力描写。無口な主人公がランチタイムのレストランで突然躍り狂うのは最高。役者が真剣に芝居するほど笑いを誘います。脇役では警察官兼判事兼公証人エンゲル(K・カラン)と運び屋ジョシュ(カルム・ワーシー)の父親(ジョン・リンチ)のヤバさが際立つ。バーバラのFIATでかかる古いラブソングもよかったです。

2000年生まれ弱冠25歳のマクドナルド監督の商業長編映画第一作。若さに似合わず、引き算が徹底しており素晴らしい。次回作が楽しみです。