2025年4月4日金曜日

片思い世界

清明。ユナイテッドシネマアクアシティお台場土井裕泰監督作品『片思い世界』を観ました。

降り続く雪についた足跡を俯瞰で追うカメラ。足跡は、かささぎ児童合唱クラブの扉に続く。

合唱団の白い制服を着た10歳の美咲(太田結乃)は、音楽げき『王妃アグリッピナの片思い』の脚本を書き上げ、ピアノ担当の典真(林新竜)に見せようと探すが、姿が見えない。隣のリハーサル室では翌日のコンクールに向けて合唱の稽古中。本番前後は慌ただしくなるのでいまのうちに集合写真を、と全員が並びシャッターが下りるその瞬間、リハーサル室のドアが開く。

12年後。仕事から帰宅したさくら(清原果耶)を玄関口で優花(杉咲花)と美咲(広瀬すず)が足止めする。「どうせサプライズでしょ」さくらは取り合わない。ふたりに促されバースデーケーキのローソクを吹き消す20歳になったさくら。美咲と優花のベッドにはさくらからの感謝の手紙が。サプライズを仕掛けたのはさくらのほうだった。

杉咲花広瀬すず清原果耶、家族でもなければ同級生でもないが、結束しなければならなかった年月を経ての現在の関係性を、人気も実力も充分な三人が本気で楽しんで演じているように見えるのに感動しました。いろいろと綻びはあるものの、安いファンタジーにはならなかったのは坂元裕二の筆の力か。一方、台詞回しでは坂元色は薄く感じます。

「人間がいままで幽霊だと思っていたものはまだ見つかっていない素粒子なんだという仮説」。大学の階段教室の量子力学の授業で、スーパーカミオカンデでニュートリノを観測する講義を聞く優花は、宮澤賢治の『銀河鉄道の夜』の冒頭部分を連想させ、死生観にまつわる物語であることを示唆しています。

横浜流星西田尚美小野花梨松田龍平田口トモロヲと脇役にも主役級をずらり揃えた布陣は盤石。主役三人の合唱シーンでは、アルトの清原果耶さんが抜きん出て上手かったです。

 

2025年4月2日水曜日

スイート・イースト 不思議の国のリリアン

春雨。ヒューマントラストシネマ有楽町ショーン・プライス・ウィリアムズ監督作品『スイート・イースト 不思議の国のリリアン』を観ました。

「アメリカ合衆国の国旗に私は忠誠を誓う」と勇ましいマーチで映画は始まり、性交後のティーンエイジャーのカップルを映し出す。トロイ(ジャック・アーヴ)のつまらないジョークにリリアン(タリア・ライダー)は無表情で舌打ちをする。

米東海岸南部サウスカロライナの高校生リリアンは修学旅行でワシントンD.C.に来た。お揃いの黄色いTシャツではしゃぐクラスの一軍を横目に終始ローテンション。夜にホテルを抜け出した数人で来たカラオケ店でリリアンはトイレの鏡に向かって唐突に歌い始め、鏡越しに蠱惑的なまなざしをカメラに向ける。そしてギークによる突然の銃乱射。

パンクスのケイレブ(アール・ケイヴ)の手引きで鏡の裏側にある隠し扉から救出されたリリアンは、ANTIFAの車でチャームシティ・ボルティモアのアジトに連れて行かれる。翌日ケイレブたちが右翼の政治集会を潰しに行くのに同行したリリアンはネオナチの大学文学部教授ローレンス(サイモン・レックス)と知り合う。

ネオナチの資金を持ち逃げしたリリアンはインディース映画の黒人女性監督(アヨ・エデビリ)にスカウトされるが、撮影現場をネオナチが襲撃してカオスに。今度はムスリムの青年モハマド(リッシュ・シャー)に助け出される。

アメリカの政治的分断と醒めた目で見るZ世代。その温度差が喜劇になる。鏡の向こう側の冒険、主人公は基本受け身でイカレた大人たちに振り回されているように見えてその実、大人たちのほうがリリアンの無関心に翻弄されている。邦題のサブタイトルの通り『不思議の国のアリス』を下敷きにして、サウスカロライナ、ワシントンD.C.、メリーランド、ニューヨーク、バーモントと米東海岸を北上するロードムービーでもあります。

町山智浩氏の解説動画付きで観たのですが、アメリカンサブカルチャーに精通していないと細部の理解は難しいです。日本に置き換えるとTVアニメ『全修。』か。こちらは政治的ではないですが、そこで日常を送っていれば、引用や隠喩が空気感としてある程度認識できるという点で。

本作においては、主人公リリアンを演じるタリア・ライダーの魅力と映像美で押し切った感があります。主人公が着ていたレッドツェッペリンのTシャツを、失踪を報じるニュースキャスターがエアロスミスと伝えるのに、マスメディアに対するこじらせが表れていてよかったです。