2024年5月5日日曜日

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2024 ORIGINES ③

夏日。東京国際フォーラムのクラシック音楽フェス『ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2024』最終日は3公演を鑑賞しました。

■公演番号:322〈Viva 1685! バロック名曲+ベートーヴェン晩年のソナタによる祈りの時〉ホールC(エスプレッシーヴォ)12:00~12:45

バロックの巨匠、J.S.バッハ、ヘンデル、スカルラッティの3人は1685年生まれの同い年。先輩マルチェッロとヴィヴァルディの器楽曲をバッハが鍵盤アレンジした2曲とその逆の2曲。ニ短調の曲群の歌謡性にシャンソンのオリジンを感じます。ベートーヴェンは苦難の果て1821年のクリスマスに第31番を脱稿、バッハの技法を借りて第3楽章をフーガで構成しました。76歳のケフェレックの静謐でありながら一音一音に魂を込めた演奏は技術の先にある手に触れられない何かを我々に示すものでした。

■公演番号:323〈室内楽で描くロマンとモダン、対照的な美〉
ホールC(エスプレッシーヴォ)13:45~14:30

ヴェーベルンが無調性に移行する前、1905年に23歳で書いた清新な小曲を若いカルテットが小気味よく料理する。弦楽四重奏曲のメカニカルな面白さを聴覚と視覚から堪能できます。ベテランピアニストが加わったシューマンはゆったりと波打つように。第四楽章の終盤に先程聴いたベートーヴェンのピアノソナタ第32番のフーガの音型がふたたび奏でられたのには心震えました。

■公演番号:335〈今夜は映画館で〉
ホールD7(カンタービレ)17:15~18:30
ブラームス:主題と変奏 ニ短調

ピアニスト自身と家族の逸話と共に、映画のスチールを投影しながら、サウンドトラックに使用されたクラシックの名曲を弾くという趣向。ケフェレックとは対照的にざっくりした演奏でしたが、こんなリラックスしたプログラムもLFJならでは。上記9曲以外に、ニノ・ロータ甘い生活」、スコット・ジョプリンソラース」、戦場のメリークリスマス、最後は「男と女」でまさかのダバダバダ・シンガロング、予定の75分に収まるはずもなく、お腹いっぱいの90分でした。

フェス最終日の夕暮れ時の寂寥感。サウダージを感じつつ帰途につく。今年も3日間たっぷり楽しませてもらいました。演奏家のみなさん、スタッフとボランティアのみなさん、ありがとうございました。

 

2024年5月4日土曜日

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2024 ORIGINES ②

夏日。東京メトロ有楽町線に乗って東京国際フォーラムへ。クラシック音楽の祭典『ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2024』の2日目は有料公演2本を鑑賞しました。

■公演番号:232
ホールD7(カンタービレ)11:30~12:15

ラヴェルのヴァイオリン・ソナタはピアノ協奏曲と同じくジャズの影響が強く楽しい音楽です。その1927年の初演時にヴァイオリンを弾いたのがルーマニア出身のジェルジェ・エネスク。初めて聴きましたが、反復するピアノの単音に最小限の音数のヴァイオリンが重なるアンビエントな響きからロマの旋律で情熱的に盛り上がり、最後は弱音の長い余韻をふたりの演奏家も観客もたっぷりと味わう第二楽章が最高でした。

■公演番号:212〈心とかすロマンティック・コンチェルトたち〉
ホールA(グランディオーソ)12:45~13:55

グーアンがパガニーニ、グッチが3番を弾く構成でした。グーアンの第18変奏は副題通りロマンティックでしたが、やはりマリー=アンジュ・グッチの技術と表現力が際立つ。5000人収容のAホールはクラシックには向かないサイズ。にもかかわらず、自分の音をしっかり立たせて満員の客席のすみずみまで届ける。1時間近い長尺曲の一瞬も途切れない集中力は広いステージの両脇のビジョンに映る表情からも伝わってきます。

ホールから出ると目に青葉。午後早い時間にすっかり賑わいの戻った街に出て初夏の空気を呼吸しました。
 

2024年5月3日金曜日

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2024 ORIGINES ①

快晴。毎年GWに東京国際フォーラムで開催されるクラシック音楽フェス「ラ・フォル・ジュルネ TOKYO」がコロナによる休止期間を経て昨年4年ぶりに開催、今年も張り切って参加しています。

2024年のテーマは「ORIGINES ーーすべてはここからはじまった」。3日間の日程で8つの有料公演を予約しました。

■公演番号:121〈バロックの"定番"を照らす新しい光〉ホールC(エスプレッシーヴォ)10:00~10:45
成田達輝(Vn)

よく晴れた初夏の朝にぴったりのフレッシュなヴィヴァルディでした。誰もが知る「春」の第1楽章に続く短調のラルゴの郷愁を帯びたカデンツァはソリストとヴィオラで構成されます。ヴィオラの音色が固めでやや強いかな、と思いましたが、その場で修正したのが小編成アンサンブルのいいところ。「夏」の第2楽章のアダージョのピチカートに乗せた伸びやかな旋律の歌わせかたもきれいでした。

■公演番号:122〈静かな才が明らかにする近代ロシアの魂〉
ホールC(エスプレッシーヴォ)11:45~12:55

LFJ2018で鮮烈な日本デビューを飾ったマリー=アンジュ・グッチも26歳に。難曲をつぎつぎと、超絶技巧を惜しまず明朗に表現する。キャリアを積んで柔らかい音色のバリエーションが増えたように感じます。スクリャービンの空洞感、プロコフィエフのレトロフューチャーな響き。アンコールはLFJ2018と同じラヴェルの「左手のためのピアノ協奏曲」カデンツァ。終始圧倒されました。

■公演番号:134〈Ya Maryam ヤー・マルヤム〉
ホールD7(カンタービレ)15:30~16:20
カンティクム・ノーヴム(地中海沿岸の伝統楽器アンサンブル)
サリンディ・バチェイェ・ジルディ(トルコのアレヴィー派の伝統音楽)
おお聖母マルヤムよ(マロン派の伝統音楽)他

LFJ2019以来の伝統器楽アンサンブル。今回は打楽器1、木管楽器2、弦楽器4、声楽1にトルコの歌姫ギュレイ・ハセル・トリュクを加えた9人編成です。約45分のセットのテーマは非西欧のキリスト教音楽。中近東、東欧の旋律に通奏低音とフレームドラムが絡む重低音の強い音像が現代的。このアンサンブルを聴くと逆に所謂「クラシック音楽」は西欧のローカルミュージックなのだと実感させられます。

 

2024年4月28日日曜日

ノラバー日曜生うたコンサート&デザートミュージック

夏日。『ノラバー日曜生うたコンサート&デザートミュージックカワグチタケシ春の朗読に出演しました。

前回の出演は1月だったので、ずいぶん日が伸びました。お店に着くとちょうど一週間前に素晴らしいライブを披露してくれたノラバー店主ノラオンナさんが看板インコ梨ちゃん2号とお出迎え。そのライブの感想などをお伝えしているうちに三々五々お集まりになるご予約のお客様たち。

ノラバーのワンマン公演ではいつもお土産をご用意しています。今回は1999年に私家出版し現在絶版のカワグチタケシ第二詩集『International Klein Blue』25th anniversary 復刻版を作り、収録されている全11篇を前半に、後半は一昨年から書いている連作詩篇『過去の歌姫たちの亡霊』から朗読しました。

 2. *(ASTERISK)
 4. 灯台
 6. SAD SONG(悲しい唄)
 7. 約束の場所
 8. カーブ
10. 九月
11. 枯葉
13. Judy Garland

現存するだけで千五百年以上の日本語の詩歌の歴史の中で25年はとても短いですが、それでも語彙や形式や使用する技巧は変わりました。現在の声に乗せることでお客様に四半世紀の時を感じてもらえたらうれしいです。20代から30代前半に書いた詩ですっかり忘れていたものもいくつかありますが、今回あらためて朗読してみて、若い自分がんばっていたな、と思いました。

5月のノラバー御膳(4/28ですがフライング)は、ポテトサラダ、大根油あげ巻、たまごやき甘いの、きんぴらごぼうの定番おかずに、季節メニューのズッキーニチーズ焼き、かぶの甘酢漬、やきとり、たけのこごはんととうふのおみそ汁。落ち着く味に会話も弾みます。

30分間のインスタ配信ライブ「デザートミュージック」は『過去の歌姫たちの亡霊』シリーズの残り2篇と初期詩篇と最近作から2篇ずつ。


全世界のお茶の間からご視聴くださった皆様ありがとうございました。配信のあとは皆様お待ちかねのデザートタイム。固めのノラバープリンとバニラアイスに苺を乗せて、ノラバーブレンドコーヒーの芳醇な香りに、夜が更けるのも忘れておしゃべりが続くのでした。

昨年12月の『クリスマスイブの前の日に』に始まり、『3K16』『Early Spring Homecoming』と毎月続いたライブもこれでひと段落。次は6/16(日)渋谷Flying Booksで『SPOKEN WORDS SICK5』。さいとういんこさん新詩集出版記念ライブに出演します。この日は僕の59歳の誕生日。5/5(月)正午よりYahoo! パスマーケットにて予約受付開始します。

次回のノラバー日曜生うたコンサート&デザートミュージックの出演は真夏。8月11日(日)に決まりました。皆様お誘いあわせの上、是非お越しください。

 

2024年4月21日日曜日

風の街へ流れ星を見に行こう

雨の夜。吉祥寺STAR PINE'S CAFEで開催された『ノラオンナ58ミーティング デビュー20周年「風の街へ流れ星を見に行こう」』を見届けました。

ステージ中央にウクレレを抱いたノラオンナさん。両脇に橋本安以さん(Vn)と古川麦さん(Hr、Vo)、後方に宮坂洋生さん(b)、両サイドに外園健彦さん(g)と港ハイライトのメンバーでもある柿澤龍介さん(Dr)、藤原マヒトさん(Pf、Syn)というシンメトリーな配置のバンドが1曲目「流れ星」のイントロを奏でる。

2004年のデビュー盤のタイトル曲「少しおとなになりなさい」、「パンをひとつ」から、2021年の『ララルー』の最終曲「stay home」、アンコールの「風の街」まで、ステージで演奏された全69曲は、発表順、アルバムの曲順を基本的に踏襲するもの。オリジナルバージョンを尊重しつつ、この夜の特別なメンバーの色を加えたゴージャスなアレンジで、20年のキャリアとノラオンナさんの音楽の変遷を一息に振り返る。3時間半という長丁場でありながら、感覚的にはまさに「一息」でした。

物語性を強く感じる初期のナンバー、僕がリアルタイムで聴き始めた2011年の『いいわけイレブン』の声とウクレレだけで構築されるミニマリズム、オムニバス盤のみ収録の港ハイライト「あたたかいひざ」、2015年の『なんとかロマンチック』、2016年の『抱かれたい女』でカラフルなバンドサウンドを得て、2019年の『めばえ』の主題と変奏は2021年の『ララルー』で聖俗混交のアブストラクトな高みへと至る。

その変遷を貫くノラさんの声。体温。湿り気。音楽に対する揺るぎない愛情。音楽が純度を深めていく過程で「都電電車」や「風の街」のようにリリカルで美しい旋律がぼつりぽつりと産み落とされる。

「あなたがすき こんなにすき/いまいったきもちどおりに/つたわればいいのに」(こくはく)。「すき」というシンプルな一言にどれだけ複雑な感情が込められているか、そしてそれはひとりひとり違う。言葉に対する疑念とそれでも言葉に託そうという強い想いが解像度の高い歌詞を書かせる。「そのスープ/ぜんぶのみほしたなら/絶望に虹をかけて/わたしに会いにきて/あなたを受けとめて/孤独をさするの」(野菜のはしっこ)。まったくもって信頼できます。

オープニングを飾ったゲスト小西康陽さんが、ノラさんの「詩集『君へ』」の「髪」を「髭」に読み替えて朗読、「梨愛」のガットギター引き語りカバーの歌声も、訥々として味わい深いものでした。

 

2024年4月14日日曜日

プリシラ

夏日。ユナイテッドシネマ豊洲にてソフィア・コッポラ監督作品『プリシラ』を観ました。

1959年、旧西独ヴィースバーデンの米軍駐屯地のダイナーEagle Club。カウンターでコカコーラを飲む14歳のプリシラ・ボーリュー(ケイリー・スピーニー)は米国空軍将校の娘。当時24歳で既に大スターだったエルヴィス・プレスリージェイコブ・エロルディ)は陸軍に兵役中で、プリシラは軍楽隊員からエルヴィスの自宅で開催されるパーティに誘われる。厳格な両親をなんとか説得したプリシラはエルヴィスと出会い、お互い一目で恋に落ちる。

8年後の1967年にふたりは結婚し、1973年に別れる。エルヴィス・プレスリーの妻プリシラの14歳から28歳までを描いた作品です。

プリシラ、シーラ、サトニン(エルヴィスの亡母の愛称)という呼び名の変化でふたりの関係性の変化を表現し、ボビー・ダーリンファビアンが好きなゆるめのポニーテールは盛り盛りのビーハイブへ、エルヴィス好みの濃いアイラインを引くが、最後はナチュラルなヘアメイクに戻り、主人公の内面の確立を示唆する。

プリシラ本人が存命で本作の製作に関わっていることもあってか、あくまでも清楚に品良く描かれる主人公の隣でエルヴィスの不安定さが際立ちます。ナンシー・シナトラアン・マーグレットと浮名を流すが、プリシラに「私はあなたが欲しいし、あなたに求められたい」と泣いて懇願されてもキス以上の関係を結婚するまで持たない。いつもヤバめの男たちに囲まれ、プリシラの誕生日には宝石でデコレートした拳銃をプレゼントする。

くるぶしまで埋まる厚い絨毯を踏んでこちらに向かってくる深紅のペディキュアを塗った素足。カメラが上方にパンしてマスカラ、赤いリップ、赤いマニキュアを映す。このタイトルバックからドリー・パートンの "I Will Always Love You" が流れるエンドロールまで、ソフィア・コッポラ監督の美学が画面のありとあらゆるところに刻印されています。

内気で友達の少ない少女からシャネルのウェディングドレスの幼な妻となり、やがて自立した大人の女性へと移り変わる主演のケイリー・スピーニーの表情を美しくフィルムに定着させる。全衣装がかわいいです。

ロカビリー、ブリティッシュ・インヴェンション、フラワーチルドレンと時代の変化を映した選曲も最高にスタイリッシュですが、冒頭のホームパーティの"Whole Lotta Shakin' Goin' On" のピアノ弾き語り以外にエルヴィスの歌唱シーンがない、晩年のラスヴェガスのステージは逆光の後ろ姿だけというのも、ソフィア・コッポラだな、と思いました。

 

2024年4月11日木曜日

地球バンドで、君の音を聞かせて

花冷え。吉祥寺MANDA-LA2で開催されたmue活動23周年ワンマンライブ『地球バンドで、君の音を聞かせて』に行きました。毎年4月11日の周年ライブです。

年一回だったバンドセットのワンマンライブが2023~2024年は4回。7/11(火)『どんな気持ちも感じたままに踊る』、10/11(水)『思ったとおりにする魔法』、1/6(土)『冬ごもりの食卓』と同じ熊谷太輔さん(dr)、市村浩さん(b)、タカスギケイさん(g)の3人と1年間磨き上げたアンサンブルを堪能しました。

バンドメンバーに先導されて真っ赤なワンピース姿のmueさんが登場し、いつものように客電を点けてフロアを見渡し笑う。約2時間半、本編25曲、アンコール2曲のセットリストは23年というよりこの1年の集大成といえる現在と未来を見通したもの。2曲目「いまここに」はめずらしく四つ打ちだが8ビートを感じる重心の低いリズムセクション、新曲「イシキムイシキ」は魅惑の中近東音階、と新機軸を惜しみなく投入する。

パンデイロ叩き語りの「見つけ出して、ひっくり返す」は2015年の『ガラクタの城』以来かな。ジャジーな4ビートの「24 hours」で前半を締めます。

後半は『マイフェアレディ』の「君住む街角」をスタンディングで歌い、ピアノ曲のターンへ。饒舌な「外の声」から「まだどこにも書かれていないことをする」「大きな流れをつくる」「宇宙な生活」のアンビエント/サイケデリックなパートが僕的ハイライトでした。「都会のジャングル」ではmueさんのライブでは初めて体験するコール&レスポンスに驚愕し「ほんとうの夢をおしえて」の半音下降に心奪われました。

アンコールはチャップリンの「Smile」。これは2015年に谷中ボッサで開催したmueさんの洋楽カバーと僕の訳詞朗読のライブ『sugar, honey, peach +love』から(でもSmileだけmue訳なのです)。

今夜のmueさんは、歌声が本当によく通って、柔らかくてクリア。「23年続けているとは思えないフライヤーと態度」と自虐気味なMCがありましたが、ひとたび演奏が始まると会場一杯に響くその音楽は確信と冒険に満ちており、ステージにも客席にも多幸感が広がって、これは夢なのかな、と思う、魔法が確かに存在する東京の夜でした。