2025年4月21日月曜日

ノラオンナ59ミーティング「スサー」

月曜日。吉祥寺STAR PINE'S CAFEで開催された『ノラオンナ59ミーティング「スサー」に行きました。

青い衣装のノラオンナさん、白地に波模様の古川麦さん、人生初という赤シャツの外園健彦さん、3人並んでご挨拶のあと、ひとり舞台に残ったノラオンナさんがバリトンウクレレを爪弾き歌い始める。

今日は甘いラブソングを歌いたくて、と言う。「赤いスイートピー」のカバーから初期の名曲「こくはく」への流れは、僕がノラさんの音楽に初めて触れた2012年3月のPoemusica Vol.3と同じ。ソプラノからバリトンへウクレレのスケールは変わりましたが、変わらぬフレッシュネスと13年の歳月がもたらす熟成に思いを馳せました。

ノラオンナさんが風待レコードから『少しおとなになりなさい』でデビューしたのが2004年4月21日。毎年その日に開催される周年公演を楽しみにしています。今回は昨年12月発売の新譜『スサー』のリリースライブを兼ねて。アルバム『スサー』は、ノラオンナさんの歌とウクレレ少々、外園健彦さんと古川麦さんのギターのみで構成されています。ライブ前半はその3人それぞれのソロ弾き語りを堪能しました。

古川麦さんは名盤『Xin』の1曲目「Angel」から。イントロの粒立ちの良いアルペジオが、晴れた午前の波打ち際に乱反射する春の陽光のようにきらきらしています。そして魅惑のシルキーボイス。新旧織り交ぜた5つのオリジナル曲はどれも心躍るものでした。麦くんとノラさんが初共演した2014年4月のPoemusica Vol.27に僕も出演していたことを誇らしく思います。

意表を突くボイスパーカッションで始まった外園健彦さんの弾き語りセットリストは、ブラジリアン・トラディショナルを6曲。素晴らしかったです。端正で安定した響きのギターと対照的にパッションの乗ったポルトガル語の歌唱はサンバ愛に溢れており、メロディを歌っていてもその背後に、スルド(ブラジルの低音打楽器)やクイーカ(ゴン太くんの声)のシンコペーションが脈々と鳴っているのが聞こえます。

その名手3人のアンサンブルによる後半は『スサー』全曲演奏でした。完全に暗転した暗闇で「」。そして青を基調とした照明の下、外園さんのギターが床や柱や壁や窓を作り、麦くんが風にはためくカーテンや杢のテーブルや食器や花瓶を描く。そしてノラさんはその部屋に暮らす人。圧倒的に「人」でした。すぐれた俳優や演出家が何もない劇場空間を草原やダンスホールや寝室に変えるように。3人の奏でる音楽がスターパインズを鮮やかに彩りました。

華やかな3曲目「リラのスカート」は物販コーナーにいた尾張文重さん、5曲目「つばさ」ではノラバーの看板インコ梨ちゃん2号がコーラスに加わります。8曲目はド直球の短調ソング「タララタン」。ノラさんはシャンソンと呼び麦くんはラテンと言う。続く「あの海に行きたい」は駅のワゴンに並べられ酷い扱いを受けている昔の歌みたいなものを作りたかった、「貝を拾って」なんて歌詞陳腐でしょ、と笑う。各曲の着想や成立過程のMCも面白かったです。

アンコールはフルート奏者の矢島絵里子さんSNS投稿をそのまま歌詞にしたという一筆書きのような新曲「ココア」。尾張文重さんが再びマイクを握り今後はリードボーカルをとって、気づけば全28曲、3時間があっという間に過ぎていました。

 

2025年4月13日日曜日

ノラバー日曜生うたコンサート&デザートミュージック

春の小雨。西武柳沢ノラバー日曜生うたコンサート&デザートミュージックmayulucaさんの回に行きました。

ライブは3rdアルバムのタイトル曲「幸福の花びら」から始まりました。昨年末に同じくノラバーにご出演の際は日程的に残念ながら伺えなかったのと、ここ数年は西田夏奈子さんとのデュオ形態マユルカとカナコの演奏機会が多かったので、ソロのmayulucaさん2023年4月以来の2年ぶりとなります。

今回は14時半開演の昼のノラバー公演、すりガラス越しに春の午後の日差しが柔らかく店内を照らし「今日のテーマはチル」と言うmayulucaさんがいつも以上にリラックスして見えました。

2曲目はジム・ジャームッシュの映画に着想を得た「箱庭」。イントロのアルペジオが滑らかで美しい。つづく「梨愛」はノラバー店主ノラオンナさんの楽曲のカバー。お店の看板インコ梨ちゃん2号の鳥かごにも今日はマイクが立てられており、各曲の絶妙なタイミングでコーラスや合いの手や称賛のさえずりを聴かせてくれます。毎週のようにこのお店で良い音楽を浴びているうちに耳が肥えてしまったのか、勘どころの掴みかたは前世はミュージシャンと思えるほど。

「今日は満月。雨が降って見えなくても満月はある」と言って「朝の月」。そうだよ、明るい昼も雨の夜も地上の人間の事情は考慮せず月は輝いている。そんな超然とした、そしてすこしだけ地面から浮いたような、でも確固とした存在。それは僕がmayulucaさんの音楽に感じるものに似ています。

「かなかな」「日曜日」と過去タイトルが変遷し、「今日もおはよう/希望の朝だ」と歌う「希望」で生うたコンサート本編は終了し、15時半のおやつタイムではありますが、出演者も観客もみんなでお食事。ライブでは、以前は平日夜、現在は日曜昼のみ提供のノラバーさわやかポークカレーも実に6年半ぶりの滋味。かぶとルッコラのサラダもおいしく、ノラバープリンノラブレンドコーヒーで会話が弾みます。僕は歌詞に出てくる「踊る」という表現についてすこし質問しました。

16時半から30分間の配信デザートミュージックは「アネモネ」のコーラスはインコも人間も全員参加で楽しかったです。全部終ってお店から出てもまだ明るい。昼間のライブもいいな、いい昼下がりを過ごしたな、と上がりかけた雨のなか西武柳沢駅までのんびり歩いて帰りました。

 

2025年4月12日土曜日

シンディ・ローパー レット・ザ・カナリア・シング

ヒューマントラストシネマ渋谷アリソン・エルウッド監督作品『シンディ・ローパー レット・ザ・カナリア・シング』を観ました。

マンハッタンを走るキャブの車内、69歳のシンディ・ローパーのインタビューから映画は始まる。パールストリートは渋滞で約束の時間には間に合いそうにない。

シンディ・ローパーは1953年NY市ブルックリンでシチリア島出身のイタリア系移民の母とドイツ系移民の父の間に生まれた。シンディが5歳のときに両親は離婚しクイーンズに移る。姉エレンのギターを借りて歌を始めたシンディ。継父のDVに耐えかね家を出た姉を追い、高校を中退して姉が女性パートナーと暮らすアパートメントに居候するシンディをサポートしてくれたのは上階に住むゲイカップルだった。

「生きるのに精一杯で失敗を恐れる余裕すらなかった」。フライヤーという名のバンドに加わり、ジャニス・ジョプリンやレッド・ツェッペリンのカバーを歌ってパーティバンドとしては成功するが、シンディはオリジナル曲で勝負したかった。

1980年代前半に数多くのヒット曲を出しMTV時代の寵児となり、まさに現在フェアウェル世界ツアー中のアメリカの歌姫シンディ・ローパーのドキュメンタリーフィルムです。家族、元恋人、音楽仲間、ボイストレーナー、A&Rマン、音楽ライターなどが語るパーソナリティは多面的な魅力があります。

「ニューヨークから新しいタイプのシンガーが登場しました。彼女の名前はシンディ・ラウパー」。日本でシンディ・ローパー(現地の発音はラウパーに近い)を最初に紹介したのはおそらく佐野元春だと思います。彼が月曜日を担当していたNHK FMの「サウンドストリート」で流れた底抜けにハイテンションでポジティブでエキセントリックなその歌声に1983年当時高校生の僕は大きな衝撃を受けました。

プロデューサーがデビューシングルに選んだ "Girls Just Want to Have Fun" を書いたRobert HazardのバンドThe Heroesをフィラデルフィアのクラブで聴いて「男目線のクソ曲」と一刀両断するものの、逆手にとって歌詞の一部を書き換え、ガールパワーの端緒を開く。彼女がいなければ、Princess PrincessREBECCAももうひと世代下のJUDY AND MARYも現在我々が知っているような姿にはならなかったと思います。

デビュー当時にメディアを賑わしたプロレスラーのキャプテン・ルー・アルバーノとの茶番劇や、後年の性的少数者支援アクティヴィストとしての原点も本作を観てしっくりきました。ホワイトハウスで同性婚推進のスピーチをする2023年の映像が挿入されますが、翌年のトランプ政権奪還による政策の後退には苦々しい想いを抱いているに違いありません。

odessa(optimal design sound system)で聴くレストアされた音源も素晴らしい。マスターテーブからボーカルだけ抜き出された "True Colors" の静かな歌い出しは幼女のような脆さと繊細さを図らずも露呈しており鳥肌が立ちました。残念だったのは、"Change Of Heart" がナイル・ロジャースのギターが最強にキレキレなスタジオバージョンではなくライブ映像だったことと、権利の関係なのか初期の重要なカバー曲であるMarvin Gayeの "What's Goin' On" とDr. Johnの "Iko Iko" が収録されていないことぐらいです。

 

2025年4月10日木曜日

おいしくて泣くとき

丸の内ピカデリー1横尾初喜監督作品『おいしくて泣くとき』を観ました。

こども食堂併設のカフェMINAMIを営む風間心也(ディーン・フジオカ)のもとに旧知の客が訪ねてくる。「彼女がいなくなってからもう30年、生きているのかどうかもわからない」。そのとき無免許運転の車がカフェの正面に突っ込み、カフェも車も大破する。

舞台は30年前に遡り、MINAMIと同じ場所で心也の父(安田謙)が経営するかざま食堂では、こども食堂という名称がまだない時代に、様々な事情を抱える子どもたちに無料で食事を提供していた。カウンターでバター醤油焼きうどんを食べる姉弟。姉の夕花(當真あみ)は高校1年生。心也(長尾謙杜)の幼馴染で高校の同級生だった。

當真あみさん(左利き)は沖縄出身の18歳。『水は海に向かって流れる』のマイペースな高校生役で存在を認識し、『最高の教師』『さよならマエストロ』で芦田愛菜さんとドラマ共演が続き、NHKの『ケの日のケケケ』で初の主役を演じました。カルピスウォーターのCMのさわやかさと少々影のある役もしっかりこなすお芝居の幅を持っています。

本作は、雨に打たれる帰り道、海辺の逆光、主人公の疾走など、アイドル映画の基本的な要素を押さえており、主人公ふたりのクローズアップも多いので、當真さんの小動物のようなつぶらな瞳と長すぎるまつ毛の破壊力を堪能できます。長尾謙杜くんはなにわ男子で踊っているときのほうがきらきらして見えました。尾野真千子さんの圧倒的な技術、芋生悠さんもよかったです。

「できない約束をして、結局誰かを傷つけてしまうのなら(約束しない)」という心也の台詞があります。できるかできないかわからないならまず約束して、できるように最大限努力し、それでもできなかったら謝ればいいんじゃないか、と僕は考えます。

夕花と心也が創立する「ひま部」は『ケの日のケケケ』の「ケケケ同好会」とコンセプトが重複しているので、同じ主演俳優の作品としては何かもうひとつ特徴を出してもよかったのではないでしょうか。

タイトルに反して、画面に映る食事の種類は多くないですが、バター醤油焼きうどんは必ず食べてみたくなる映画です。

 

2025年4月4日金曜日

片思い世界

清明。ユナイテッドシネマアクアシティお台場土井裕泰監督作品『片思い世界』を観ました。

降り続く雪についた足跡を俯瞰で追うカメラ。足跡は、かささぎ児童合唱クラブの扉に続く。

合唱団の白い制服を着た10歳の美咲(太田結乃)は、音楽げき『王妃アグリッピナの片思い』の脚本を書き上げ、ピアノ担当の典真(林新竜)に見せようと探すが、姿が見えない。隣のリハーサル室では翌日のコンクールに向けて合唱の稽古中。本番前後は慌ただしくなるのでいまのうちに集合写真を、と全員が並びシャッターが下りるその瞬間、リハーサル室のドアが開く。

12年後。仕事から帰宅したさくら(清原果耶)を玄関口で優花(杉咲花)と美咲(広瀬すず)が足止めする。「どうせサプライズでしょ」さくらは取り合わない。ふたりに促されバースデーケーキのローソクを吹き消す20歳になったさくら。美咲と優花のベッドにはさくらからの感謝の手紙が。サプライズを仕掛けたのはさくらのほうだった。

杉咲花広瀬すず清原果耶、家族でもなければ同級生でもないが、結束しなければならなかった年月を経ての現在の関係性を、人気も実力も充分な三人が本気で楽しんで演じているように見えるのに感動しました。いろいろと綻びはあるものの、安いファンタジーにはならなかったのは坂元裕二の筆の力か。一方、台詞回しでは坂元色は薄く感じます。

「人間がいままで幽霊だと思っていたものはまだ見つかっていない素粒子なんだという仮説」。大学の階段教室の量子力学の授業で、スーパーカミオカンデでニュートリノを観測する講義を聞く優花は、宮澤賢治の『銀河鉄道の夜』の冒頭部分を連想させ、死生観にまつわる物語であることを示唆しています。

横浜流星西田尚美小野花梨松田龍平田口トモロヲと脇役にも主役級をずらり揃えた布陣は盤石。主役三人の合唱シーンでは、アルトの清原果耶さんが抜きん出て上手かったです。

 

2025年4月2日水曜日

スイート・イースト 不思議の国のリリアン

春雨。ヒューマントラストシネマ有楽町ショーン・プライス・ウィリアムズ監督作品『スイート・イースト 不思議の国のリリアン』を観ました。

「アメリカ合衆国の国旗に私は忠誠を誓う」と勇ましいマーチで映画は始まり、性交後のティーンエイジャーのカップルを映し出す。トロイ(ジャック・アーヴ)のつまらないジョークにリリアン(タリア・ライダー)は無表情で舌打ちをする。

米東海岸南部サウスカロライナの高校生リリアンは修学旅行でワシントンD.C.に来た。お揃いの黄色いTシャツではしゃぐクラスの一軍を横目に終始ローテンション。夜にホテルを抜け出した数人で来たカラオケ店でリリアンはトイレの鏡に向かって唐突に歌い始め、鏡越しに蠱惑的なまなざしをカメラに向ける。そしてギークによる突然の銃乱射。

パンクスのケイレブ(アール・ケイヴ)の手引きで鏡の裏側にある隠し扉から救出されたリリアンは、ANTIFAの車でチャームシティ・ボルティモアのアジトに連れて行かれる。翌日ケイレブたちが右翼の政治集会を潰しに行くのに同行したリリアンはネオナチの大学文学部教授ローレンス(サイモン・レックス)と知り合う。

ネオナチの資金を持ち逃げしたリリアンはインディース映画の黒人女性監督(アヨ・エデビリ)にスカウトされるが、撮影現場をネオナチが襲撃してカオスに。今度はムスリムの青年モハマド(リッシュ・シャー)に助け出される。

アメリカの政治的分断と醒めた目で見るZ世代。その温度差が喜劇になる。鏡の向こう側の冒険、主人公は基本受け身でイカレた大人たちに振り回されているように見えてその実、大人たちのほうがリリアンの無関心に翻弄されている。邦題のサブタイトルの通り『不思議の国のアリス』を下敷きにして、サウスカロライナ、ワシントンD.C.、メリーランド、ニューヨーク、バーモントと米東海岸を北上するロードムービーでもあります。

町山智浩氏の解説動画付きで観たのですが、アメリカンサブカルチャーに精通していないと細部の理解は難しいです。日本に置き換えるとTVアニメ『全修。』か。こちらは政治的ではないですが、そこで日常を送っていれば、引用や隠喩が空気感としてある程度認識できるという点で。

本作においては、主人公リリアンを演じるタリア・ライダーの魅力と映像美で押し切った感があります。主人公が着ていたレッドツェッペリンのTシャツを、失踪を報じるニュースキャスターがエアロスミスと伝えるのに、マスメディアに対するこじらせが表れていてよかったです。