今日は甘いラブソングを歌いたくて、と言う。「赤いスイートピー」のカバーから初期の名曲「こくはく」への流れは、僕がノラさんの音楽に初めて触れた2012年3月のPoemusica Vol.3と同じ。ソプラノからバリトンへウクレレのスケールは変わりましたが、変わらぬフレッシュネスと13年の歳月がもたらす熟成に思いを馳せました。
ノラオンナさんが風待レコードから『少しおとなになりなさい』でデビューしたのが2004年4月21日。毎年その日に開催される周年公演を楽しみにしています。今回は昨年12月発売の新譜『スサー』のリリースライブを兼ねて。アルバム『スサー』は、ノラオンナさんの歌とウクレレ少々、外園健彦さんと古川麦さんのギターのみで構成されています。ライブ前半はその3人それぞれのソロ弾き語りを堪能しました。
古川麦さんは名盤『Xin』の1曲目「Angel」から。イントロの粒立ちの良いアルペジオが、晴れた午前の波打ち際に乱反射する春の陽光のようにきらきらしています。そして魅惑のシルキーボイス。新旧織り交ぜた5つのオリジナル曲はどれも心躍るものでした。麦くんとノラさんが初共演した2014年4月のPoemusica Vol.27に僕も出演していたことを誇らしく思います。
意表を突くボイスパーカッションで始まった外園健彦さんの弾き語りセットリストは、ブラジリアン・トラディショナルを6曲。素晴らしかったです。端正で安定した響きのギターと対照的にパッションの乗ったポルトガル語の歌唱はサンバ愛に溢れており、メロディを歌っていてもその背後に、スルド(ブラジルの低音打楽器)やクイーカ(ゴン太くんの声)のシンコペーションが脈々と鳴っているのが聞こえます。
その名手3人のアンサンブルによる後半は『スサー』全曲演奏でした。完全に暗転した暗闇で「拳」。そして青を基調とした照明の下、外園さんのギターが床や柱や壁や窓を作り、麦くんが風にはためくカーテンや杢のテーブルや食器や花瓶を描く。そしてノラさんはその部屋に暮らす人。圧倒的に「人」でした。すぐれた俳優や演出家が何もない劇場空間を草原やダンスホールや寝室に変えるように。3人の奏でる音楽がスターパインズを鮮やかに彩りました。
華やかな3曲目「リラのスカート」は物販コーナーにいた尾張文重さん、5曲目「つばさ」ではノラバーの看板インコ梨ちゃん2号がコーラスに加わります。8曲目はド直球の短調ソング「タララタン」。ノラさんはシャンソンと呼び麦くんはラテンと言う。続く「あの海に行きたい」は駅のワゴンに並べられ酷い扱いを受けている昔の歌みたいなものを作りたかった、「貝を拾って」なんて歌詞陳腐でしょ、と笑う。各曲の着想や成立過程のMCも面白かったです。
アンコールはフルート奏者の矢島絵里子さんのSNS投稿をそのまま歌詞にしたという一筆書きのような新曲「ココア」。尾張文重さんが再びマイクを握り今後はリードボーカルをとって、気づけば全28曲、3時間があっという間に過ぎていました。