大航海時代にイギリスから植民した白人たちにアボリジニは人間とはみなされず、戸籍も作られなかった。200以上の原語、300以上のクラン(部族)に分れ大陸に点在していたアボリジニの伝統的価値観においては、神事でもある芸術の作り手は男性に限られ、女性の創作物は日用雑貨もしくは土産物と考えられていた。
人種と性的役割という二重の抑圧を受けた女性作家たちですが、世代によって価値観が異なるように感じました。第二次世界大戦前に生まれ、前述の理由で生年が不明確なエミリー・カーマ・イングワリィ(1910頃‒1996)やノンギルンガ・マラウィリ(1938頃‒2023)は作品制作にあたり男たちの許可を得る必要があった。部族の伝統を踏まえつつ意図せずそこから逸脱していくような作風です。
半面、戦後生まれ、且つ白人による同化政策後の世代、ジュディ・ワトソン(1959‒ )、マリィ・クラーク(1961‒)らは、白人風の名前で何人かは混血であるが、それゆえに自らのルーツを探る過程で芽生えた被差別民族としてのアボリジナルの立場から文化収奪に対するデータに基づく告発が作品の制作動機になっています。イギリスによる核実験で故郷を侵されたイワニ・スケース(1973‒)のウラニウムを混入したガラス作品は強いインパクトがありました。
また、イギリスの政策により親元から奪われ、キリスト教義に基づく同化教育を強制された子どもたちの名前を木の枝に焼き付けたジュリー・ゴフ(1965‒)の立体作品「1840年以前に非アボリジナルと生活していたタスマニア出身のアボリジナルの子どもたち」の足元には剥がれ落ちた木の皮が散乱しており、過去の過ちが現在に続くものであることを訴えているようです。
一方で、マーディディンキンガーティー・ジュワンダ・サリー・ガボリ(1924頃‒2015)は、前者の世代に属しながら、高齢者施設の創作プログラムへの参加からまったく異なる独自の抽象表現を持つ巨大な作品群を制作し、その色彩感覚、空間構成力はアボリジナルを遥かに超えて宇宙的な広がりを獲得しています。
作家たちの言葉も含蓄のあるものが多かった。その一部を紹介します。
「深い意味は男たちのもので、これはただの水――私が見る水です。水を描く時はただの水を描きます。波が押し寄せて岩に砕ける、その水で泡になり、砕けて飛び散る。それが私にとっての水です」ノンギルンガ・マラウィリ
「ウランはエネルギーの一種です。地球にはエネルギーがあり、このエネルギーが抽出されると地球は病んでしまいます。そして人類も病んでしまいます」イワニ・スケース
「私たちは文化を失ったわけではありません。ただその一部は休止状態にあって、呼び起こされるのを待っている。私のアートは、私たちの文化活動を再生させること、その強さと回復力を人々に改めて認識させることです」マリィ・クラーク
アーティゾン美術館の常設展示は、印象派、後期印象派を中心に名品が並びます。中国出身のザオ・ウーキー(1920-2013)の作品がまとまって展示されており、エッジの効いた抽象表現がクールでした。