2026年6月11日木曜日

Chimin TRIO

梅雨の晴れ間。吉祥寺Stringsで開催されたChiminさんのライブに行きました。

まずはひとり弾き語りで「蛇口」を歌う。Chiminさんがガットギターで歌うのをはじめて聴きました。柔らかい弦の響きが「湿った6時前」という歌詞にぴったりです。

2曲目の「世界」から加藤エレナさん(Pf)と井上"JUJU"ヒロシさん(Fl、Pic)が加わる。JUJUさんはこのセットでは、ソプラノサックス、アルトサックス、バリトンサックスを吹くことが多いのですが、この日は全編フルートを演奏。3曲目「言葉ひとつ」の前半だけエレナさんのクラシカルな響きのピアノにピッコロを合わせていました。

ひさしぶりに間近で聴くエレナさんのピアノは「シンキロウ」のアウトロのフォーバースではJUJUさんのフルートとスタッカートの掛け合いが小気味よく、「チョコレート」「」はいつもよりテンポを若干落としてレガートでゆったりと聴かせます。

「この曲(「シンキロウ」)を書いたときは、花の名前とか人間関係とか(若くて)何も知らなかった」と言い、花の名前と人間関係が並列なところが実にChiminさんらしいな、と思う。

ジムノペディの響きのあるピアノから「ぽつりぽつりと雨が降る夜に/古い詩集を探している/小さな文字で私の身体は/ひとつの島だと書かれている」と石垣りんを引用して歌い出す新曲「ひとつだけ」は典雅で可憐なワルツ。長いスランプを抜ける光が見えたとご自身が語る通り、広がりを感じる作品です。そして同じく三拍子の佳曲「住処」でライブは終わり、アンコールはレゲエ・アレンジの「たどりつこう」。梅雨時の湿った夜にChiminさんの美声が溶け出すようでした。

僕はChiminさんの弾くギターが好きです。技巧を前面に出すことはなく、最小限の音数で何かを確かめるように控えめに音楽を進める、ピッキングが丁寧で出音が綺麗。今回は1曲だけでしたが、次回6月28日(日)のノラバー公演は全編弾き語りということなので、とても楽しみです。

 

2026年6月7日日曜日

箱の中の羊

入梅。ユナイテッド・シネマ豊洲是枝裕和監督作品『箱の中の羊』を観ました。

波の音。港の風景に「遠くない未来」のテロップが重なる。主人公の音々(綾瀬はるか)は建築士。自宅の中庭のレモンの樹にホースで潅水していると日用品がドローンで届く。夫の健介(大悟)は工務店の社長。飼い猫のオセロはもう1週間帰ってこない。「恋人でもできたんちゃう?」と健介。

息子の翔を7歳で亡くして2年。RE birth Ltd.から届いたDMを開くとオオミズアオのホログラムが飛び立ち、亡くなった家族の動画や画像からヒューマノイドを制作するサービスのモニターを募集しているという。「ハイエナやな」と健介は言うが、ショールームで観たPR動画に音々は涙する。後日、配送車の助手席からヒューマノイドの翔(桒木里夢)が降りてくる。

はじめ音々は翔を我が子同様に溺愛するが、健介は距離を置く。時が経つにつれ、音々は自身の執着ゆえに恐れを感じ、逆に健介はすこしずつ息子を受け入れはじめる。

箱の中の羊」はサン=テグジュペリの『星の王子さま』からの引用ですが、僕にはその隠喩が理解できませんでした。不時着した操縦士が砂漠で出会った王子に羊の絵をせがまれて描くが、王子に何度もダメ出しされてげんなりした操縦士は箱の絵を描き、中に羊が入っている、と言うと王子は納得する、という挿話です(この場面を朗読する綾瀬はるかは素晴らしい。ちなみに内藤濯訳ではなく池澤夏樹訳です)。

音々は言う「箱の中の羊は翔じゃなくて私だったのかもしれない」。ヒューマノイドとなった我が子に再会して揺れる心情に、自分自身の罪悪感を再認識させられたということでしょうか。

家族を描いていても家族讃歌にならないのが是枝作品です。余貴美子演じる音々の母親の嫌な感じは『海街diary』の大竹しのぶに通じ、『真実』のカトリーヌ・ドヌーヴジュリエット・ビノシュ母娘のままらない関係性の変奏のよう。異母妹すず広瀬すず)を受け入れた『海街diary』三姉妹の長女綾瀬はるか)は、ホスピス勤務の看護師で人の死を常に見つめている。

精巧なヒューマノイドは『空気人形』でペ・ドゥナが演じたラブドールの進化形とも考えられますが、空気人形の内面が所有者である主人公の妄想なのに対して、17年後の本作では感情表現(らしきもの)をするAIがフィジカルを持つことで影響力が格段に増したように感じました。

大悟さんが演技がとても自然で予想外にはまり役なのと、星野真里清野菜名田中泯中島歩ら脇役陣も光る。音々に新居の設計を発注する野呂佳代さんは現在最も輝いている俳優といっていいと思います。