2025年11月9日日曜日

ひとつの机、ふたつの制服

秋雨。ヒューマントラストシネマ有楽町ジャン・ジンシェン監督作品『ひとつの机、ふたつの制服』を観ました。

台北市立第一女子高級中学は台湾で偏差値トップの名門女子高、緑色の制服が特徴です。シャオアイ(チェン・イェンフェイ)は受験に失敗するが、母(ジー・チン)の強い勧めで第一女子の夜間部に進学する。

入学式の日に先輩から聞いた第一女子特有の習慣「机友」、全日制と夜間部で同じ机を共有する同士、引き出しで手紙やお菓子をやりとりするという。すこし早めに教室に着いたシャオアイの机友はショートカットのクールな優等生ミンミン(クロエ・シャン)と顔を合わせる。手紙を通じて距離を縮めるふたり。やがて親友となり行動を共にするようになる。

シャオアイはミンミンに促され、制服を交換して学校を抜け出す。バイト先の卓球場に来た第一高校(男子校)理数クラスのルー・クー(チウ・イータイ)にシャオアイは一目惚れするが、ミンミンもバスケ部エースのルー・クーのことが気になっていた。

舞台は1997~99年の台北市。スマートフォンも携帯電話も出てこない。eメールは存在しモデムで接続するのが懐かしい。制服の緑色のシャツの左胸には、全日制は太陽の黄色、夜間部は月の白色で学級と生徒番号が刺繍されている。エドワード・ヤン監督の2000年公開作品『ヤンヤン 夏の想いで』の主人公の姉ティンティンも同じ第一女子の制服を着ており、同じ世界線にいると思うと趣深いです。

日本のアニメやドラマ、好きなハリウッドスターで意気投合し手紙を通じてお互いを知っていろいろな冒険を経験する序盤にわくわくさせられ、見栄でついた小さな嘘が取り返しのつかないほど膨らむ展開には胸が詰まります。場所取りをめぐり体育館で起こる全日制と夜間部のつばぜり合いにはハラハラしました。主人公たちと共に感情が揺さぶられるのは、思春期に同じような経験をしているからなのでしょう。自己肯定感の低いシャオアイにポジティブなミンミンがかける「今どこにいるかじゃない。(これから)どこに行くかよ」という言葉が染みます。

とてもよくできたビタースイートな青春映画で、あえて難点を挙げるとしたら、劇伴が常時鳴っていてちょっとだけうるさいかな、という点ぐらい。日本で実写リメイクするなら、実年齢はさておき、伊藤万理華さん伊原六花さんでお願いしたいです。

 

2025年11月1日土曜日

港ハイライト concert vol.1「尊敬」

吉祥寺STAR PINE'S CAFEで開催された『港ハイライトconcert vol.1「尊敬」』にお邪魔しました。

19時をすこし過ぎて客電が落ち、藤原マヒトさん(Pf)、宮坂洋生さん(Ba)、柿澤龍介さん(Dr)の3人が客席を抜けてステージに上がり、長めのイントロに導かれてノラオンナさん(Vo)が舞台に立つ。新生港ハイライトの1曲目は「抱かれたい女」。

四分の六拍子のマイナースウィング「無理を承知で言ってるの」、ワルツの「ないものみえないもの」「タクト」と続く第一部は2016年の1stアルバムの楽曲をピアノトリオで再編曲したもの。ノラさんがひとりで歌う「粉雪」、「やさしさの出口で」のリリカルなピアノのイントロからリズムインする瞬間の高揚感。「港ハイライトブルーズ」のCODAのウッドベースの強烈なバックビート。

休憩を挟んで第二部は、オルゴールのように可憐なピアノの前奏が加わった「風の街」から。白い衣装に着替えた4人。ノラさんのドレスにプリントされている大きなけしの花が遠目には血痕のようにも見え、第一部の黒衣装と相俟って、鎮魂と再生を象徴しているように感じました。

2012年に始動した港ハイライトを僕が初めて聴いたのは2013年3月、吉祥寺MANDA-LA2でした。ギターレスのピアノトリオに男女ツインボーカルの初期編成による「あたたかいひざ」から、ノラオンナ produced by 港ハイライト『なんとかロマンチック』期にはギターと管楽器が加わり、名盤『抱かれたい女 feat.古川麦』が2016年に誕生する。

その変遷を辿れば、港ハイライトという音楽制作ユニットが、ノラオンナさんのビジョンを体現する単なる装置ではなく、各々が主体性を持って参加する「バンド」であり、その最新型である現在のアコースティックカルテットは、パーマネントなベーシストを得たことで、バンド感が更に強固になりました。ノラオンナさん曰く「むさくるしい男達」の演奏には繊細さと優しさが滲む、粋な大人の夜の音楽。

第二部に配置された楽曲群は、曲調も制作年代もより幅広く、「この曲を港ハイライトが料理するとこうなるのか」という驚きと、シンプルな編成で楽曲の骨格の確かさ、歌唱の技量を示したのと同時に、今後の発展形を期待させるものでした。

 

ヤンヤン 夏の想い出 4Kレストア版

秋晴れ。第38回東京国際映画祭特別上映エドワード・ヤン監督作品『ヤンヤン 夏の想い出 4Kレストア版』を観ました。

ヤンヤン(Jonathan Chang)は10歳。初夏の晴れた日、祖母、両親、姉ティンティン(Kelly Lee)と叔父アディ(Hsi-Sheng Chen)の結婚式に出席した。新婦は妊娠しているが、新郎の希望で吉日を待っていたため、お腹が大きくなっている。

親族が披露宴を待つ間、具合が悪くなった祖母(Ru-Yun Tang)はティンティンに付き添われて先に帰宅する。控室では招かれざる客、アディの元恋人ユンユン(Hsin-Yi Tseng)が現れ泣き喚く。

2007年に59歳で早世した台湾の至宝エドワード・ヤンの遺作となった2000年公開の本作は、盟友候孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の『冬冬の夏休み』(1984)にも似た牧歌的な邦題の通り、ひと夏の物語であるが、物語を動かしているのはヤンヤンの姉ティンティンと父NJ(Nien-Jen Wu)の二人。初恋、人生の悔恨、小さなよろこび、喪失、様々な感情が織りなす監督自身が手掛けた脚本に、カメラワーク、音響、演出、役者陣の自然且つ陰影の深い熱演が結晶した、2000年代を代表する傑作と呼んでも差し支えない作品です。

ヤンヤンの母ミンミン(Elaine Jin)は、実母が脳出血で倒れたことがトリガーになり、メンタルが崩れて職場の同僚が入信していた新興宗教に傾倒し、山中の道場に篭る。父NJは2000年当時勃興してきたIT企業の取締役、アメリカに移住した初恋の人シェリー(Su-Yun Ko)とホテルのエレベーターホールで偶然再開し、日本出張時に東京を訪れていたシェリーと会い、熱海に旅するが旅館は別々の部屋を選ぶ。

姉ティンティンは自宅マンションの隣室で外資系銀行の役員の母と暮らすリーリー(Meng-chin 'Adriene' Lin)の友だちになるが、リーリーと気まずくなった恋人ファッティ(Chang Yu Pang)の手紙を仲介するうちに恋心が生まれます。

揺れ動く家族の機微を見つめるヤンヤンの曇りのないまっすぐなまなざしは、祖母の葬儀の自筆ノートの朗読に結実する。

「なぜ私たちは初めてを恐れるのか。 人生は毎日が初めてだ」。NJの取引先である天才ゲームデザイナー太田(イッセー尾形)の台詞が隠喩と示唆に満ちている。今をときめく津田健次郎が居酒屋の店員役でワンシーンだけ出演しています。

台北のマンション、ホテルオークラの客室、熱海つるや旅館の夜景を背にした大きなガラス窓に反射した登場人物たちは、キャラクターの二面性と視点の客体化を促し、祖母の帰宅時やリーリーを待つファッティを映す防犯カメラの粗い映像は、バッドエンドを予感させる不穏なざらつきを我々に突き付ける。

アジア人らしい慎みと内に秘めた激情、諦念。60歳になったこのタイミングで本作を鑑賞できたことを映画祭に感謝したいです。